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レブ郎が自由に書くブログです。

NBA史に残る不滅の記録

こんにちは、久々の記事更新です。

 

近年よく見られる個人に関する新記録ラッシュ。特にハーデンとウエストブルックはポジションの概念を打ち破る記録の連続。

そしてその度に現れるNBAの個人記録名物『最強の超えられぬ壁 チェンバレン』も触れていきたいと思います。

ただ記録を紹介するだけでは意味が無い、というのがLeBlogのスタンス。記録樹立には大抵裏話があるものです。そこを知れば、少しは見方も変わるかもです。

 

まずはチェンバレンの記録に関する話からどうぞ。

 

①伝説の"100得点"

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チェンバレンが保持する個人記録のうち、最も有名なのは1試合100得点。これだけは、大きな試合への影響を変えるルール変更や、チーム全体で記録破りを狙わない限りは達成不可能な記録だ。

この記録が達成されたシーズンでは、エンターテインメント性を求めたチームがとにかく彼をオフェンスの中心に据えていたこともあり、平均50.4得点を残していたし、他を圧倒する彼のスコアリング能力は言うまでも無い。

だがこの100得点は決して美しい記録では無いと私は思う。途中からチームは彼の100得点を目指して集中的にボールを彼に回し、それを阻止するべく相手チームは彼以外がボールを持つとファウルをするという勝敗云々のファウルゲームになっていたからだ。もちろん最初から目指していたわけではないが、いくつかの要素が重なり、結果的に彼は100得点に達した。

まず1つ目は、相手の先発センターがこの日欠場しており、インサイドが手薄だったことから彼は普段以上のペースで点を重ねていたこと。

その結果、第3Q終了時点で既に69得点しており、3ヶ月前に達成したキャリアハイの78得点は優に超える状態だったのだ。

2つ目は、このシーズンで61.3%だったFTをこの日は何故か87.5%で沈めていたこと。

28/32で沈めており、この好調ぶりが無ければ100得点は不可能だったと言える。

3つ目は、彼がベンチに1度も下がらなかったこと。交代を1度もせず、試合のどの時間帯でもコートに居た。

これらの要素が重なり、100得点に達している。コービーの81得点の方が偉大だと評価されることがあるのはこの為で、コービーがもっと記録を狙えば、とつい想像してしまう。

 

余談だが、先日オークションにこの100得点の試合のスコアシートが出されたらしい。

欲しい...

 

②"45.8分"

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これはチェンバレンのキャリア平均出場時間だ。ちなみに40分を下回ったシーズンは1度も無い。単純に驚異的なスタミナの持ち主であることが理由の1つだが、これには他にも理由がある。

センターでありながらRSでもPOでも1度もファウルアウトしたことが無いことも理由の1つだ。

それどころか、シーズン平均でファウル回数が3.0回を上回ったシーズンは1度も無い。

理由はDFで手を緩めて、その分OFで注力するからだ。センターがファウルが多くなるのはポジション的に必然なのだが、それをある程度放棄することでコートに立ち続け、得点でチームに貢献する。彼のこのプレイスタイルだからこその記録である。

ちなみに今後も達成不可能と思われる1961-1962シーズンの平均48.5分出場はかなりの珍記録とも言える。レギュレーションの48分間の出場に加え、延長も全て出場。このシーズンで彼は1試合だけ残り8分を残して2つのテクニカルファウルによる退場処分を受けている。

しかしこれも退場処分の為にベンチには座っておらず、このシーズンで彼は1度もベンチから試合を眺めていないことを意味する。

アニメで見るような逸話だ。

 

③"1試合55リバウンド"

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もちろんこれもチェンバレン

これに関しても少し裏話があるのだ。

大きな理由としては彼が当時センターとしてずば抜けた体格と、それに見合わぬ身体能力の持ち主だったこと。216cmという身長ながら、ガード級の走力や俊敏性、更にはジャンプ力も備えていた。反則級とはまさにこの事だ。実際、この試合ではビル・ラッセルを相手にしながらリバウンド数では36本上回っており、リーグ内に彼とリバウンドで張り合える選手は皆無だった。

だがリバウンド力がいくら圧倒的でも55本というのは少々無理がある。その最大の理由としては現代と比べて試合のペースが大きく異なることだ。この時代はショットクロック導入以降展開を早くするのが主流となっていた頃で、試合全体でのリバウンド総数自体が相当多い。

例えば、昨シーズンで平均リバウンド数が最も多かったのがPHIで平均47.4本。対して1960-1961シーズンでは1番少なかったNYKでさえ平均67.3本とかなりの差が生まれている。どのチームも1試合での試投数が100本を超えており、必然的にリバウンドも多くなるのは至極当然。

今後、この記録を破るにはリーグで飛び抜けたリバウンド力に加えて、かなり早いゲーム展開を双方に求められる。大いに時代の影響を受けた記録とも言える。

 

④史上唯一の"40-40"

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これはチェンバレンのみが持つ達成記録であり、今後も達成不可能な記録と言える。

特に40リバウンドというのは先述の通り時代の変化により不可能に近い数字であり、まして40得点というのもそう簡単に取れる数字では無い。1959年から1961年の計3年間で彼はこの記録を5回達成するという金字塔を打ち立てた。

まさに偉業。

 

ちなみに彼は史上唯一のダブル・トリプル・ダブルも達成している。分からない方のために説明すると"20-20-20"というスタッツのことである。彼はリバウンド王とアシスト王の2冠を達成したことのある唯一の選手で、大柄で支配的なプレイに加えて繊細なボールコントロールも得意としていた。また、支配的故にディフェンダーを引き付けやすいのも1つの要因ではあるだろう。単純に言えば、ウエストブルックが近年達成しまくっているトリプルダブルの倍の数字を残しているということだ。

 

⑤7年連続リバウンド王

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言うまでもなくこれはデニス・ロッドマンだ。

チェンバレンのような支配的なセンターとは違い、彼ほどリバウンドを専門職として極めた選手はいない。NBAの長い歴史の中でもリバウンド力に関しては少し異次元の存在と言える。コート内外での素行の悪さや外見が相まって才能のように思われがちなそのリバウンド力は、実は緻密な計算と確かな確率論によるものである。

チームのシュート練習を眺めながらチームメイトのシュートの回転の癖や外れた際の落下点の見極めを独自論で習得し、203cmとリバウンダーとしては小柄ながら1991-1992シーズンには平均18.7本という脅威の数字を残した。

現在CLE所属のトリスタン・トンプソンもチームメイトのシュートの研究をしているらしく、確かにオフェンシブ・リバウンドではリーグトップレベルではあるが、やはりロッドマンのリバウンドは歴史上でも別格と言える。

しかもロッドマンの場合はその他のスタッツでの数字は極端に低く、0得点 20リバウンド以上という試合がキャリアで7度もあり、数字に残らないDFやスクリーンなどでチームのオフェンスを影から支えるなど、独自のプレイスタイルを極めた選手と言える。

 

⑥歴代通算アシスト数首位

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皆さんもすぐに頭に浮かぶだろう、ジョン・ストックトン

彼が歴代首位なのはご存知だろうが、驚くべきはその数字。

通算15806アシスト、そう言われてもピンと来ないが、2位のジェイソン・キッドですら12091アシスト。現役選手の中にもこの記録を上回りそうなペースの選手は皆無。現役選手で今最も稼いでいるのがクリス・ポールだが8980アシストで、まだ半分を少し過ぎた程度。

何故これほどまでに圧倒的な数字になっているのか。少し考えてみよう。

 

まず大前提として、アシスト数というのは1人で稼げるものでは無いという点だ。つまり、パサーからのボールを確実にリングに届けられる選手が必要であり、チーム状況が大きくこのスタッツに関連する。現在LAL所属のロンドも能力的には申し分ないが、コーチとの衝突などが絶えず、チームを転々としたり、ベンチ時間を増やされたりといった状況が長かった。

そしてストックトンが首位になった理由はここにあり、ストックトンと名コンビだった強力なフィニッシャー、カール・マローンの存在である。マローンとのP&RはNBA随一のコンビプレーであり、当時のUTAにとって長年に渡りオフェンスの基盤だった。

だがこれだけでは歴代首位には届かない。もう1つの大きな理由、それは選手としては常に付きまとう問題である故障欠場だ。

だがストックトンはプロの鑑と言われたほどコンディション管理に長けており、609試合連続先発出場という記録を持っており、同じく相棒のマローンも鉄人と言われたほど怪我には強かった。ファン達から『太陽が昇らない日があっても、ストックトンとマローンが試合に出ない日は無い』と表現したほど、欠場は少なかったのだ。

恐らくクリス・ポールは1番この点でストックトンと差があるかもしれない。

ストックトンはルーキーイヤーから18分の平均出場時間ながら5.1アシストを残しており、以降1度も平均7.0本を下回ったことが無い。更に1987-1988シーズンから10年連続でシーズン平均で10.0本を下回ったことも無く、彼がいかに安定してパスを供給し続けていたかが分かるだろう。

少し余談だが、彼は通算スティール数でも歴代首位であり、小柄ながらタイトなディフェンスからスティールを量産していた。加えてクラッチシューターでもあり、アシストのイメージがとにかく強いが、PGとして必要なスキルを全て兼ね備えていた歴代最高のPGの1人である。

ちなみにストックトンは、田舎育ちで温厚で素朴な外見からか、黙々とアシストを量産していたように思われがちだが、悪童と呼ばれたロッドマンから『最も汚いガード』と呼ばれるほどダーティな選手である。

 

⑦歴代最高峰センターの記録

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歴史上数多くのセンターが居る中で守備において一際目立つ記録を残している選手がいる。

ブロック歴代通算首位、アキーム・オラジュワン。

2位のディケンベ・ムトンボが3289本なのに対してオラジュワンは3830本。ブロックはスティールと並んで小さな数字になるスタッツなので、600本の差はかなり大きい。ドリームシェイクが代名詞なオラジュワンはポストオフェンスにおいて歴代最高クラスだったが、ディフェンダーとしてもブロックのみならずスティールでも歴代通算8位と、センターとしては異例の記録も保持している。スティールもブロックも歴代有数の能力を持つセンターだった彼は、ファイブ・ファイブスをなんと6回も達成している。6回も達成しているのは未だに史上唯一だ。

 

まだまだ、NBAの長い歴史の中で眠る記録は沢山ある。挙げ始めるとキリが無いので今回はここで幕を閉じるが、この手の記事は永遠に書き続けられるだろう。チェンバレンだけでも、相当な量なのだから。