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レブ郎が自由に書くブログです。

Challenge the "Three peat"

こんにちは、レブ郎です。

 

さて、今季のRSの試合も1/6以上が終了し、明暗が分かれ始めましたね。

レブロンと若手達による新生LALや、つい先日トレードでバトラーを獲得したPHI、様々な注目要素がありますが中でもやはり3連覇への切符を掴んだGSWは全NBAファンが(アンチも含めて)最も注目されていることに間違いないでしょう。

ですが、これまでに3連覇達成を果たしたのは70年を超える長い歴史の中で僅か5回。

 

今回はそんな3連覇に関する話をどうぞ。

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〜連覇が難しい理由〜

3連覇の話をする前にまず連覇が難しいという話からしておきたい。

70年以上の歴史で、連覇が達成されたのは13回。

何故、優勝するほどの強さを見せつけたチームが次のシーズンで優勝出来ないのか?

その理由から紐解いていこう。

 

①モチベーションの低下

NBAファンならまず最初に思い浮かぶのはこの理由では無いだろうか?

NBAに入った以上、バスケ界最高の証の1つである優勝トロフィーと優勝リングを手にしたいのは当然。そのリングの獲得に現実味を帯びてきたチームの結束力は強いが、手にした瞬間から一種の緊張感が解けることになる。実際に、優勝したチームが次のシーズンで、顔触れは変わっていないのに守備が全体的にかなり緩くなってしまうケースはよくある。もちろんシーズンを通じて修正していくのだが、王者の余裕のようなものを必要以上に醸し出すことも見られる。

『POまでに元通りになれば良い』と思う方も居るかもしれないが、RSでの上位シードを持っておくことで、挑戦者は王者相手にホームコートアドバンテージを保持出来る。これは意外と大きな優劣だ。

 

②戦力維持が難しい

優勝を決めたシーズンでは、エース以外に意外な脚光を浴びる伏兵が現れることは少なくない。

そこで高評価を得た選手が他チームからの高額オファーに誘われてチームを去ることもある。更に、優勝を機に引退するベテラン選手もいる。またエースとしてチームを牽引してきた選手のような毎シーズン安定した成績を残せる選手というのは、NBAでは決して多くはない。チームの2番手や3番手としてエースを支えてきた選手の不振などもあり得る。完全FAなどで『自分の価値を試したい』なんてセリフはよく聞く言葉だ。

優勝したシーズンと同じ戦力バランスを翌年まで保てるとは限らないのだ。

 

③補強を狙う?狙わない?

優勝したチームにとって、オフシーズンで必ず訪れる問題が『補強するかどうか』だ。

優勝したとはいえ、POを勝ち抜く上で何かしらの弱点が少なからず見つかるはず。その穴を埋めるべく補強に動くかどうか。

最も無難なのは残されたキャップスペースを使い(あればの話だが)、FAなどで適任選手を獲得すること。

だが優勝出来るだけの戦力を整えているチームは大抵FAで優秀な選手を獲得する余裕は無い。

となると、現戦力からトレード駒を選び、補強することになる。

が、こうなると基盤を崩しかねないため、ハイリスクな選択となってしまう。

連覇を狙うフロント陣としては、大きな分岐点となるのだ。

 

④優勝したのは運もある

NBAにおいて、優勝することは実質世界一のチームとなったとも言える。

そんな名誉あるチームになるには、多少なりとも運が必要だ。それが故意では無い人為的なものであっても、偶然の産物でも。

近年で言えば1-3から逆転優勝を果たしたCLEもその1つだ。

相手の守備の要であるボーガットの負傷離脱や、グリーンの出場停止。いずれもJRスミスとの接触レブロンの吹っかけからだが、それを狙ったのでは無いと思われる。さらに3勝したことで油断が確実にGSWには生まれていた。大半は原因を探れば運では無いが、こういった要素が無ければ正直優勝は厳しかっただろう。

『あの時 お互いが万全の健康状態なら...』というファイナルを数えだしたらきっとキリがない。

その武運が2年連続同じチームに味方するかどうか、連覇には大切な要素に違いない。

 

さらにここから、現代のNBAで連覇する事が難しい理由を加えていこう。

 

⑤相手に研究し尽くされる

これは昔からではあるが、現代ではデータ量が昔と比べて圧倒的に多い。

一般ファンですらある程度チームの研究が出来るほど、環境が整っている。

そんな中で、同じ顔触れ 同じプレースタイルでは弱点や対策を知り尽くされてしまう。当然ながらスポーツである以上無敵の戦術など存在しない為、何年も同じように勝つことは出来ないのだ。

 

⑥そもそも競争率が高い

現在NBAは30チーム。

BOSが8連覇を成し遂げた時には僅か9チームで、極論ではあるがやはりこの差は大きい。更に近年は各チームに代表スターがいるのではなく、パワーハウス形成が主流であり、優勝への近道。

もちろんスターを集めただけで優勝出来るはずはないが、いつまでも居てくれる保証が無い期待の若手をフランチャイズプレイヤーに育て、脇役を少しずつ固めていくような事は現代では正直効率が悪い。それよりもスターを組み合わせて化学反応を見る方がハイリターンな再建である。そして、連覇を目指す王者が強ければ強いほど『彼らを破るには更なるスター選手を』とパワーハウス形成の流れが強まるので、結果的には強靭な敵が増え、連覇が難しくなる。

 

サラリーキャップの導入

NBAでは1984年からサラリーキャップが導入されている。これはリーグの均衡を図る為の制度であり、まさに1チームによる長期政権を防ぐ為のもので、BOSの8連覇もサラリーキャップがあればまた少し違った結果だった可能性は高い。スターを集めるとここがネックになってくるのだ。

 

このように、いくつもの要素がある。

それらを乗り越え、連覇を達成したチームは7チーム。

ここからは連覇を果たした7チームが目指した、3連覇の行方を少し簡易的に追ってみよう。

 

1950-1951

MINNEAPOLIS LAKERS

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NBLを吸収し、BAAからNBAに改称して2年目となるこのシーズン。

NBLからやってきたLAKERSはこれまでに類を見ない最強のセンター、マイカンがいた。彼を中心に据えての連覇はこれまでの「長身選手は鈍重で使えない」という概念を打ち破り、チームの戦力強化には優秀なセンターが必要だとバスケ界に知らしめた。そんなLAKERSを率いるジョージ・マイカンは3年連続得点王となっていた。

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イカンはリーグ内でも飛び抜けた怪物ぶりを見せる圧倒的な存在であり、連覇するのに障害となる相手は居ないほど支配的だった。だがチームを連覇に導いたマイカンは3連覇を目指すこのシーズン半ばにして足を骨折。完治させぬままPOに突入し、足を引き摺りながらPO平均24得点という怪物ぶりを見せるが、デビジョンファイナル(現在で言うカンファレンスファイナル)でロイヤルズ(現キングス)に敗戦。NBAファイナルには辿り着けず、リーグ史上初の3連覇の夢は途絶えた。

 

1953-1954

MINEAPOLIS LAKERS

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イカンの故障によりファイナルへ行けなかった50-51シーズンを挟んでLAKERSは再び連覇。この2年間の間に「マイカン・ルール」と呼ばれたペイントエリア拡大、満身創痍で成績を落としていたマイカンと2つの不安要素があったものの、元祖スーパースターであるマイカンのコートにおける支配力は依然リーグトップクラスだった。2回目となる3連覇への挑戦となったこのシーズンはリーグ最高勝率を記録、さらに今季に合流した新人のラブレットがPOに入って覚醒。ルーキーながらチーム3番目の平均得点と2番目の平均リバウンドでマイカンの陰からチームを支えた。

ファイナルではナショナルズ(現シクサーズ)が勝ち上がってきたが、勝ち上がる過程で負傷が相次ぎ、周囲から『包帯部隊』と呼ばれ、ファイナルの予想はLAKERSの圧勝となっていた。

だが、シリーズはGame 7まで縺れた末になんとかLAKERSが勝利。

終戦ではマイカンはFG僅か2本の成功に終わるも、チームメイトに支えられながら見事リーグ史上初となる3連覇を達成した。

 

ちなみにこのオフシーズン、衰えを見せていたとはいえ現役トップクラスで居続けたマイカンは突如引退を発表した。

最大の理由は、翌シーズンから導入が決まった24秒ショットクロックのルールだった。

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イカンが得意としていたローペースな試合運びが難しくなることを悟り、満身創痍の体ではもうゲーム展開についていけないと判断したのだ。

リーグがNBAに改称してからの6年間全てでファイナルへ辿り着き、5回の優勝を果たしたLAKERS。

その中で唯一LAKERSの優勝を阻んだのは対戦相手のロイヤルズというよりも、骨折したマイカン自身の怪我と言える。

こうして、マイカンの支配力を下げるべく行われた度重なるリーグのルール改変に適応出来なくなったマイカンは引退し、マイカンと共に始まったLAKERS初代王朝は、マイカンと共に沈んだ。

 

1960-1961

BOSTON CELTICS

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NBA初代王朝のレイカーズが沈んでから約5年、後にNBA最大の因縁のライバルとなる緑の軍団が連覇を果たした。

この2年間の内、最初の優勝は初となるファイナルでのレイカーズとの対戦だったが、新加入のエルジン・ベイラーと共に思わぬ急成長を見せていたレイカーズを盤石の強さがウリのCELTICSがあっさりスウィープし、翌年のデビジョンファイナルでは他を圧倒する成績を残したモンスタールーキーのチェンバレンとも対戦。これも難なく破るなど、まさに王朝と化していた。

そしてレイカーズ以来の3連覇に挑んだこのシーズン。FG%でリーグ初の50%超え、得点王、リバウンド王とまさに怪物だったチェンバレンだが、シーズンMVPは57勝にチームを導いたラッセルが受賞。

POではシード(この年はチーム数が奇数の為にシードが存在した)だった為に僅か2シリーズとなったが、この両シリーズを1敗ずつ、POで計2敗のみで優勝し見事3連覇を果たした。

そしてご存知の通り、彼らはこのまま5年間王座を離れることは無かった。

 

では何故彼らは8連覇という長きに渡る王朝を築けたのだろうか?

この黄金期を支えたのはラッセルとも言えるが、僕は当時のBOSを指揮していたアワーバックだと考える。

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GM兼HCだった彼こそがBOS 8連覇の真の大黒柱なのだ。

最大の理由としては数年先を見越した適切な補強をする"目"があったことだ。

数年後に引退するであろう選手の後継ぎを早めに準備し、引退する前にエースとなる準備をする期間を与えている。これを各ポジションに適切に施すことで、常に穴が無い盤石の体制をアワーバックは築き上げていた。さらにラッセルという絶対的大黒柱を1年目から中心に据え、最適な戦術とそれに見合った選手を確実に補強している。そしてその補強に必要な上位指名権などを、鋭い洞察力で他チームとの巧みな交渉から得ていたのだ。

獲得にこそ失敗したが、アワーバックはNBAに入る数年も前からチェンバレンをBOSのものにしようと下準備していたほどの策士である。

時代による違いがあるとは言えど、これほど長い王朝を築くのは現代ではほぼ不可能と言える。

 

なお、アワーバックに関する詳細な話は別の記事にて書いているので、また是非読んで頂ければと思います。

 

1969-1970

BOSTON CELTICS

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「またCELTICSの話?」と思う方も多いだろう。

1967年、チェンバレン率いるシクサーズに敗れてしまい9連覇の夢は消え去った。

だが翌年、デビジョンファイナルでシクサーズに1-3に追い詰められるもそこから逆転勝利(ちなみにこのシリーズが1-3からの逆転シリーズ勝利は初)すると勢いそのままにレイカーズを下し優勝。

さらに翌年にも同じくレイカーズを破り連覇達成。

この時のCELTICSは8連覇時代のシックスマンだったハブリチェックはエースとなり、ラッセルはコーチを兼任、コーチ業を手放したアワーバックはGMとして補強に専念することが出来た為、8連覇時代よりも更にスキの無いチームになっていた。

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だが、BOSTONを衝撃のニュースが賑わせた。

連覇した直後のオフシーズン、ラッセルは引退を突如発表したのだ。

アワーバックを含めBOSの人間が誰一人何も知らされていなかった為に、センターの後継ぎなど補強していなかった。

アワーバックの計画的な王朝は、中心人物だったラッセルの突然の引退という誤算で崩れてしまったのだ。

翌シーズン、ハブリチェックを中心に据えるも絶対的大黒柱ラッセルを突如失ったCELTICSは3連覇どころかPOにすら辿り着けなかった。

こうしてあっさり3連覇の夢は潰えた。

 

1988-1989

LOS ANGELES LAKERS

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セルティックスの王座陥落から15年以上の時を経て、3連覇への切符を手にしたチームが現れた。

脅威の新人マジック・ジョンソンとリーグ屈指のセンターであるカリーム・アブドゥル=ジャバー率いるLAKERSだった。

86-87の優勝時と同じくシーズンMVPを受賞したマジック、引退を宣言していたジャバーによる3連覇への挑戦は順風満帆過ぎるPOとなった。

ファイナルまで全勝で勝ち上がったのだ。

イーストから勝ち上がってきたのはピストンズ。前年、つまりLAKERSの連覇の瞬間を目の前で見ていた敵が、再び立ち塞がったのだった。当時の彼らはリーグ中から嫌われていた。"バッドボーイズ"と聞けばNBAファンなら分かるだろう。

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激しいファウルを厭わず、容赦無い攻撃的な厳しいディフェンスをウリとしていた言わば嫌われ者集団だった。

3連覇して有終の美を飾ってジャバーに引退してほしい、悪者集団が優勝すべきではない、そんな周囲の感情も混じってかLAKERS優勢との予想が多かった。リーグで20年間トップに君臨していたジャバーの引退を3連覇と重ねることが出来るかもしれない、リーグにとって非常に感慨深いシーズンの締めくくりを迎えられるチャンスだった。

しかしシリーズ開始直前、暗雲が立ち込める。バイロン・スコットの故障離脱により、ペリメーターが守備の穴となったのだ。相手のガード陣に切り崩されて敗戦したLAKERSはGame2でさらにマジックが足を捻挫。

2連敗を喫したLAKERSはGame3でマジックが強行復帰するも、開始5分で限界を感じ離脱。ジャバーを筆頭にチームメイトの奮闘で接戦に持ち込むもピストンズの鉄壁の守備に阻まれ3連敗。

前季ファイナルMVPのジェームズ・ウォージーに逆転優勝の希望を託したLAKERSだったが、ウォージーの40得点も勝利には届かずスウィープ。

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創設41年目のピストンズが初優勝、LAKERSの3連覇とジャバーに輝かしい引退の瞬間を迎えさせるチャンスは相次ぐ故障者による敗退で幕を下ろした。

 

余談だが、"Three peat"という言葉をご存知だろうか?

これは連続の意味の"repeat"という単語に3連覇の"Three"を掛けた造語である。

この時期のLAKERSの勢いから、『3連覇出来るのではないか』という議論が度々なされ、同時にThree peatという言葉が世に広まったのだ。

これ以降、3連覇は"Three peat"と表現されるようになった。

ちなみにパット・ライリーは自身の経営する会社で『Three peat』という言葉を商標登録している。

 

 

1990-1991

DETROIT PISTONS

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LAKERSの3連覇を阻んだ勢いそのままに、PISTONSは悪者としてリーグに蔓延った。だがその強さだけは本物で翌年には連覇を達成し、3連覇のチャンスを彼らも手にしたのだ。

そして3連覇を掛けたこのシーズン、アイザイア・トーマスの故障離脱により50勝とやや少なめの白星だったが、POでは少し苦戦しながらも無事にカンファレンスファイナルに辿り着いた。

そこで悪者集団に立ちはだかったのは、これまで3年に渡りPISTONSに行く手を阻まれたジョーダン率いるブルズだった。

フィル・ジャクソンによって新たな進化を遂げたブルズは前年でもPISTONSを追い詰めており、周囲も近々ブルズの時代が来ることを予期していた。だが、PISTONSもこれまでジョーダン・ルールと呼ばれるジョーダン対策を用いてブルズを倒してきた実力者だった。

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だがPISTONSは予想外の結末を迎える。POで苦戦し続けた疲労感からかブルズにスウィープされてしまったのだ。

Game4では敗戦濃厚となった時点でPISTONSの先発陣が試合終了を待たず、ブルズの選手に挨拶もせずコートを去ったのが批判を浴びせられた。

得点王ながらPOでは長年勝てなかったジョーダンはチェンバレンの二の舞かと言われていた時期があり、そんなジョーダンにとって悪童軍団としてリーグを支配していたPISTONSをついに退治したという構図は、新たなスーパースターの登場を演出させた。

ちなみにこの後のファイナルではブルズが80年代の顔であったマジック率いるレイカーズを倒し、新時代の幕開けを予感させた。

 

1992-1993

CHICAGO BULLS

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ピストンズを破ったBULLSは翌年でもジョーダンのライバルの1人であるクライド・ドレクスラー率いるトレイルブレイザーズを破り連覇を達成。

3連覇に挑んだこのシーズンは、決して万全の状態でシーズンを迎えられなかった。

オフシーズンにオリンピックがあり、ドリームチームとしてジョーダンとピッペンが参加していたからだ。

連覇していた2シーズンに比べると勢いは劣ったものの57勝でデビジョン優勝。

ジョーダンは7年連続得点王に輝き、イースト2位通過。

POでは2回連続スウィープであっさりカンファレンスファイナルへ進出。

ここで行く手を阻んだのはイースト首位通過の、パトリック・ユーイング率いるニューヨーク・ニックスだった。

60勝を記録していた彼らは直近4年間で3回BULLSに敗戦しており、リベンジに燃えていた。

ニックスはジョン・スタークスの強固な守備でジョーダンを抑え、ホームで2連勝を飾った。

Game3でもFG 3/18 で16.7%と抑え込むも(ジョーダンはそれでもFT 16/17で22得点と11アシストを記録している)、ピッペンはFG 10/12で29得点とチームを牽引。試合自体はBULLSが103-83で完勝。するとここから風向きが変わり始めた。

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Game4ではこれまでの鬱憤を晴らすが如くジョーダンが54得点を記録。もはやニックスに彼を止める手段は無く、BULLSはこのまま4連勝で一気にファイナルへの階段を駆け上がった。

ファイナルで対峙することとなったのはジョーダンの親友であるチャールズ・バークレー率いるフェニックス・サンズだった。

サンズはPO常連とはなっていたが何度も敗退しており、1度もファイナルへ辿り着いていなかった。そんな彼らの元へやってきたバークレーはこのシーズン、2年連続受賞していたジョーダンからMVPの座を奪い、サンズを牽引していた。RSでは62勝をきろくしたがPOでは意外にも苦戦に次ぐ苦戦で、なんとか辿り着いたファイナルだった。だが62勝したこともありホームコートアドバンテージを獲得していた彼らはBULLSをホームに迎えた。

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バークレーにとっては弱体する一方のシクサーズを離れてサンズに加入して早速優勝のチャンスを手にしたのだった。

だが、連覇を経験してきたBULLSはそう甘くは無かった。

この年のサンズはファイナル史上初となる最初のホーム2連戦を連敗したチームとなった。

ここでサンズのHCであるウェストファルは奇策を用いた。全てのマッチアップをこれまでのマークマンから違う選手に変更したのである。このかなり大胆な作戦が敵地で成功し、3OTまで縺れる大接戦となった。3OTではサンズが勢いを増して9連続得点で制圧。スウィープを期待していたBULLSのファンを黙らせることとなった。

続くGame4では親友であるバークレーやジョーダンらも闘志を剥き出しにし、テクニカルファウルが飛び交う激しい攻防を見せた。激戦を制したのは相手のTOから3点プレーを見せたジョーダン率いるBULLSだった。

王手を掛けたBULLS、この当時ファイナルは2-3-2のフォーマットの為にこのまま次戦のホームで優勝を決めるチャンスを得た。

一方シカゴの街は沸きに沸いた状態で、3連覇を成し遂げようものなら大騒動が起こるのではないかと、マスコミからは騒動を起こさぬよう注意喚起が流され、店などでは商品を片付けたり、窓が割られぬよう対策をとるほどだった。

そんなシカゴを見たサンズは『シカゴの街を救え』という不思議な合言葉と共に10点差で勝利。敵地3連戦を2-1で終えたサンズは、後はホーム2連戦と優位な状況に転じた。

BULLSの3連覇の夢をホームで潰すべく迎えたサンズだったが、第1Qで37得点で取られると、終始BULLSペース。

だがBULLSの8点リードで迎えた第4Q、サンズの決死のディフェンスはBULLSを大きく足止めさせた。残り6分でサンズが逆転する頃にはBULLSは3連続でショットクロックバイオレーションを取られ、完全にオフェンスが停滞していた。流れに乗ったサンズは4点リードのまま残り1分を切っていた。残り43秒、トドメを狙ったサンズ側のシュートが外れると、リバウンドを取ったジョーダンがそのままコースト・トゥ・コースト。"グライダー"と呼ばれファイナル史に残るジャンプ力を活かしたレイアップを決める。

続いてサンズはまたもミスショット、14秒を残してブルズのポゼッションとなった。

サンズ側は観客を含め、ジョーダンの手にボールが渡ることを警戒していた。

そして反対コートのサイドラインからのインバウンド、案の定ジョーダンにボールが渡る。が、マークマンの激しいDFによりハーフラインあたりでジョーダンはピッペンへパス。ピッペンにヘルプが来た瞬間、ピッペンも続いてローポストでフリーになったグラントへパス。グラントがゴール下へアタックしたその瞬間、45°の3Pラインでワイドオープンとなったパクソンへパス。

フリーになったパクソンがシュート。

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これを見事に沈め、この試合の第4QにおいてBULLSはジョーダン以外が初めて得点した瞬間だった。

この伏兵の3PでBULLSが1点のリードを掴むと、続くサンズのタイムアウト明け、残り3.9秒の中で最後の望みをサンズのスター選手ケビン・ジョンソンに託した。

DFをかわしFTライン辺りからシュートを構えるが、グラントがこれを横からブロック。

60年代のセルティックス以来、25年ぶりにNBAで3連覇が達成された瞬間だった。

ファイナルMVPはもちろんジョーダン。

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6試合中4試合で40得点超え、シリーズ平均41.0得点という新記録樹立、さらにファイナルMVP3年連続受賞も史上初だった。

大一番で必ず勝利する王者の風格を見せつけたBULLSだったが、4連覇とはいかなかった。

3連覇達成後のオフシーズンに父親を亡くしたジョーダンは引退を表明。さらに野球への転向を発表したのだ。

ジョーダンが抜けたまま迎えた翌シーズンのBULLSはPOで因縁のライバルであるニックスと対戦、ファイナルへたどり着くことは無かった。

 

1995-1996

HOUSTON ROCKETS

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ジョーダンが引退した直後、またしても連覇を達成したチームが現れた。

歴代屈指のポストムーブの使い手アキーム・オラジュワン率いるROCKETSだ。

ジョーダン引退直後のシーズン、これまでブルズに苦しめられてきたニックスがここぞとばかりにファイナルへ上がってきた。ニックスの英雄 パトリック・ユーイングとオラジュワンの壮絶なセンター対決を制しROCKETSは優勝。

続いて連覇に挑んだ翌シーズンはファイナルで怪物として名を馳せたシャキール・オニール率いるオーランド・マジックと対戦。

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圧倒的パワーで相手を制圧する90年代を代表するセンターであるシャックと、80年代を代表する華麗なムーブがウリのオラジュワンの対決は様々な対照的要素を含んでいたことから非常に注目を集めていた。

シリーズ平均でオラジュワンが32.8得点 11.5リバウンド、シャックが28.0得点 12.5リバウンドと両者譲らぬ戦いだったが、試合結果自体は呆気なかった。

ROCKETSのスウィープで終わったのだ。

ベテランのオラジュワンがシャックに経験の差を見せつけたのだった。

だが彼らは結局3連覇を果たせなかった。

翌シーズンのウエスタンカンファレンスを席巻していたのはシアトル・スーパーソニックス

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ショーン・ケンプとゲイリー・ペイトンを擁した彼らはウエストで唯一の60勝超えを果たし、カンファレンスセミファイナルではなんと連覇中のROCKETSをスウィープ。呆気なく3連覇の夢は途絶えたのだった。

最も、このシーズンは結局ジョーダンの復帰により72勝を記録したBULLSが王座奪還を果たしたシーズンであり、タイミングが悪かったこともあってか史上有数の連覇達成チームながらROCKETSは『本命(ジョーダン率いるブルズ)がいない間の栄光』という評価をされがちだ。

だが、各地に強豪ひしめくこの時代に、ジョーダンが不在だったとはいえ連覇したことは紛れもなく評価に値するはずだ。

 

1997-1998

CHICAGO BULLS

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一方で72勝シーズンを王座奪還で終えたBULLSは前回の3連覇をした頃より明らかに強かった。理由の1つとして歴代屈指のリバウンド狂 デニス・ロッドマンが加入したからだ。翌シーズンも怪我人続出ながら69勝とリーグ最高の記録を出し、ファイナルへ進出。

ジョーダンと同ドラフトで指名されたジョン・ストックトンとその翌年に指名されたカール・マローンの名コンビを擁したユタ・ジャズと対戦した。

激闘となったこのファイナルの中ではあの有名な"Flu Game"(ジョーダンが食中毒でフラフラになりながらも38得点を記録した伝説の試合)もあり、ジョーダン世代同士の激しい優勝争いとなった。

最終的にGame6でBULLSが連覇を決めたのだが、ファイナルで調子を上げるジョーダンに対して、ファイナル初経験のジャズの2人は対抗する術が無かった。

だが彼らは翌年、BULLSの3連覇を阻止すべく再びこの地に舞い戻った。

3連覇に臨むシーズンの前、BULLSは既に"ラスト・ダンス"と呼ばれていた。

ピッペンが契約に関する話でフロント陣と関係が劣悪になり、フィル・ジャクソンHCもラストシーズンもなる可能性を示唆。これを聞いたジョーダンまでもが引退を示唆していた。

そんな中で開幕したラストシーズンは序盤こそ苦しんだものの徐々に本領を発揮、RSを終えてみればジョーダンは得点王 シーズンMVP オールスターMVPと自身3度目の3冠を達成。BULLSもリーグトップの62勝を記録していた。

一方のジャズも同じく62勝を記録しており、ホームコートアドバンテージはRSの直接対決で全勝していたジャズの手に渡った。

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Game1こそ勝利したものの、ジャズはGame2で黒星を喫し、貴重なホームコートアドバンテージを失う。

すると続くGame3はジャズにとって悪夢のような1日となった。

この日ジャズを牽引したのは大黒柱のマローン。FG 8/11で22得点とチームを牽引したが、彼の他に2桁得点を記録した選手はおらず、それどころかチーム合計で26個のターンオーバーを犯し、試合を終えると54-96という信じられないロースコアで大敗したのだ。

このジャズの54得点はショットクロック導入以降歴代最低得点となってしまった。

しかしジャズも前年のリベンジに燃えていただけあり、このまま終わるわけにはいかず、Game4では見事に立て直したことで終盤まで縺れる接戦となったが、FTが苦手なロッドマンにFTでトドメをされ敗戦。

BULLSにとっては前回と違いホームで3連覇を達成する機会を得た。

だがGame5では、これまで勝負所に弱かったマローンが覚醒。ほぼ独力でBULLSを粉砕し、ホームにBULLSを迎えることとなった。

3連覇を目前にしてユタに乗り込むこととなったBULLSはジョーダンと共にBULLSを牽引していたピッペンが腰痛を悪化させ、開始早々にロッカーに下がる。するとジョーダンは前半だけで23得点と相棒不在のチームを支えた。

しかし、前半のフルエンジンが後半に響いたのか第3Qには失速。ピッペンもコートには戻ったもののチームを支えられる状況では無かった。ここでBULLSを背負ったのが欧州屈指の名選手トニー・クーコッチ。

ジャズもBULLSが苦戦する中で決定的な点差を作ることが出来ず、83-83の同点で残り1分を切る。

ここでジャズの司令塔ストックトンが値千金の3Pを沈め、ジャズの逆転優勝を予感させた。しかしここからジョーダンは伝説に残る40秒間のショーを開演。

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1on1から一気にレイアップで1点差の残り37秒。ストックトンがボールを託したのはジャズの大黒柱マローン。試合中に何度も絡み合ったロッドマンにポストアップを仕掛けたその瞬間、背後からジョーダンがスティール。ルーズボールを確保したジョーダンがそのままフロントコートまで運ぶ。

1on1からドライブを仕掛けたジョーダンにぴったり張り付くブライオン・ラッセル。この直前のポゼッションでレイアップを許したラッセルはしっかりとジョーダンの行く手を阻むはずだった。

がその瞬間ジョーダンはクロスオーバーを1つ入れ、シュートを打つには十分過ぎる機会を得る。体勢を崩したラッセルもすぐにシュートチェックを狙うが既に遅かった。

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綺麗に放たれたそのボールはリングに触れることなくネットを通過。

その間残されたジョーダンのフォロースルーは美しく、NBAファンなら誰もが知る最高の"Last shot"となった。

ジャズのタイムアウト明け、残された5秒を使いストックトンは3Pを放ったが、勝利の女神はもうジャズを見放していた。

NBA史上初の同チームが3連覇を2回果たした瞬間だった。

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ジョーダンはこの上なく美しい幕切れと共に引退(後にウィザーズで一時的に復帰)。

翌シーズン、4連覇を狙うどころかチームの中枢を一気に失ったBULLSはイースト最下位に沈み、王朝の終わりを告げた。

 

2001-2002

LOS ANGELES LAKERS

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ブルズがジョーダンの引退と共に沈んで以降、間もなく新たな王朝が築かれた。

名門LAKERSである。リーグ最高のセンターであるシャックと、生意気さと実力を兼ね備えたコービーを擁した彼らは、ジョーダン世代の生き残りであるレジー・ミラー率いるペイサーズを退け優勝を果たすと、続くシーズンでは小さな巨人アレン・アイバーソン率いるシクサーズを下し連覇を果たしていた。

3連覇を狙うこのシーズンもLAKERSの快進撃はとどまることを知らず、ウエスト3位ながら58勝という成績を残した。そんなハイレベルなウエストで首位となったのはキングス。

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ペジャ・ストヤコビッチ、マイク・ビビーなど90年代とは一味違った顔触れが並ぶキングスはカンファレンスファイナルでLAKERSと激闘を繰り広げる。先に追い詰められたのはLAKERSだったがGame6、Game7と連勝し、ファイナルへと辿り着いた。

が、このGame6について1つの議論が起こった。

『シリーズをGame7まで縺れさせる為に審判がLAKERSに有利になるよう働きかけたのでは?』という、いわゆる八百長疑惑だった。この試合のFT試投数がキングスの25本に対してLAKERSは40本と数字だけを見ても少し違和感の残る試合だった。NBAから公式にこの疑惑についての発表は無かったものの、2007年に不正賭博疑惑が発覚したドナヒー元審判員がFBIの取り調べにて『2002-03のPOで王手をかけたチームに対し、ファウルを偏らせたことで最終戦まで持ち込ませようとした』と話している。どのシリーズかは明言しなかったが、このシーズンのPOで最終戦まで行われたシリーズはこのLAKERSのシリーズのみであり、事実上このシリーズの八百長はあったことが証明されたことになる。

そんな八百長疑惑が浮かぶ中ファイナルに進んだLAKERSの対戦相手は、ジェイソン・キッドの活躍で突如ファイナルまでやってきたシンデレラチームのニュージャージー・ネッツだった。

だがシャック対策を施せなかったネッツに勝つ術は無く、スウィープ敗退。

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事実上のファイナルと言われたウエストのカンファレンスファイナルは疑惑を残して終わり、ファイナルはスウィープとやや後味の悪い3連覇となってしまった。

4連覇に臨んだLAKERSだったが、POでは2シーズン連続で下していたスパーズに敗戦。長年チームを支えた"提督"デビッド・ロビンソンと静かなる若きスター ティム・ダンカンを中心に据えたツインタワーがついにLAKERSにリベンジを果たした。

 

2010-2011

LOS ANGELES LAKERS

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約10年ぶりに3連覇へ挑む機会を得たのはまたしてもLAKERS。だが顔ぶれは大きく変わり、シャックと犬猿の仲となったコービーが新たな仲間と共に王座に君臨していた。2008-2009シーズンでは相棒シャックが離れて以来5年の時を経て『シャックが居なくても勝てる』ことを証明するシーズンとなった。ファイナルでは速さ・高さ・強さを兼ね備えた最高級センターのドワイト・ハワードを擁したオーランド・マジックだった。

だが7年ぶりの王座奪還に燃えるコービーを中心にLAKERSは4勝1敗で一蹴。

翌シーズンでは新たな相棒ガソルが開幕から故障欠場するも、コービー自身は開幕から11試合の間に4度の40得点超えを果たすと、12月には右手人差し指を剥離骨折するもブザービーターを連発。

シーズン中に6度もブザービーターを沈め、脅威の勝負強さを知らしめた。

指の怪我のみならず、膝や背中と次々に故障箇所は増える一方だったがPOでは苦しみながらもファイナルへ到達。

ここで連覇を阻むべく現れたのは因縁のライバルであるセルティックスだった。

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リーグ屈指の守備力を備えたセルティックス相手にGame7まで縺れた末に、最後はコービーの連続得点で差をつけるとそのままリードを死守して勝利。

2年前にファイナルで敗戦したセルティックスに見事雪辱を晴らした。

そして自身2度目の3連覇に挑んだこのシーズン、開幕前からフィル・ジャクソンHCはラストシーズンとしてコーチ業から退くことを宣言しており、コービーにとって、そしてLAKERSにとって、長くチームを統率したジャクソンの引退宣言は、是非とも3連覇で有終の美を飾り勇退させたいところだった。

だが満身創痍のコービーはチーム練習にもほとんど参加出来ないような状況となってしまいプレイタイムも減少し、LAKERSはシーズンを通して安定したパフォーマンスを発揮出来なかった。

POではニューオーリンズ・ホーネッツに苦戦しながらも勝ち上がると、次のシリーズではダラス・マーベリックスと対戦。マーベリックスは何年もPOに進出しており常連だった。だがとあるシーズンでカンファレンス首位となった時には第8シードにアップセットされ、以降も勝てない状況が続くことから『POでは勝てない』というイメージが付き纏っていた。

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だがそんな中で迎えたシリーズも蓋を開ければLAKERSがスウィープされるというまさかの展開。LAKERSの若きセンター アンドリュー・バイナムはフラストレーションからかマーベリックスのホセ・バレアがシュートを放つ際に明らかに意図的に強烈な肘打ちを入れるなど、前季王者とは思えぬ堕落ぶりだった。

こうしてLAKERSの王朝は終わりを告げ、コービーはこのシーズン以降、ファイナルへ戻ってくることは無かった。

 

2013-2014

MIAMI HEAT

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ジョーダン、コービーと王朝を築いて以来、新たな王朝が現れた。

レブロン・ジェームズ率いるHEATだ。

ジェームズと同ドラフト組のドウェイン・ウェイドクリス・ボッシュがトリオを組み3KINGSと呼ばれていた。

ジェームズ自身にとって初、HEATとウェイドにとって2回目となる優勝は2011-2012シーズン。前年には王朝レイカーズを沈めたマーベリックスにファイナルで敗戦しており、この敗戦を経験したジェームズは全体的なスキルのレベルアップとメンタル面での成長を見せ、チームも的確な補強を施して臨んでいた。

カンファレンスファイナルでは長きに渡ってジェームズを苦しめていたセルティックスに再び窮地に追いやられるも、王手を掛けられて迎えたアウェイのGame6でジェームズは前半30得点の獅子奮迅の活躍。

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Game7でホームにセルティックスを迎えると、見事に打ち破りファイナルに進出。

ファイナルでの相手は若き得点王ケビン・デュラントとラッセル・ウエストブルック率いる若手集団オクラホマシティ・サンダー。

ファイナル未経験のデュラントだったがチームを牽引するプレイを見せる一方で、6thマンとしてチームを支えていたジェームズ・ハーデンがシリーズを通して絶不調に陥り、4勝1敗でHEATが優勝。HEAT側は勝負所ではマリオ・チャルマーズやマイク・ミラーらが勝利を引き寄せるなど、チーム一丸となりサンダーを圧倒した。

続くLAKERS以来の連覇に臨んだシーズンでは、オフに獲得した元セルティックスのレイ・アレン、評価がガタ落ちしていたクリス・アンダーセン、同じく衰えの激しかったラシャード・ルイスを加えると、これら4人が揃ってチームにフィット。

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守備力を上げる一方で火力も増大し、さらにスキの無いチームへと仕上げた。

当時歴代2位となる27連勝を記録するなど、盤石の強さをRSから見せつけるとジェームズは2年連続のシーズンMVPを受賞。

POではカンファレンスファイナルでポール・ジョージ率いるインディアナ・ペイサーズとGame7まで縺れる激闘を制してファイナル進出。

長年強豪としてリーグに君臨するスパーズとファイナルで対戦することとなった。ジェームズにとってはキャバリアーズ時代にスウィープされて以来7年ぶりのファイナルでスパーズとの対戦となる。

Game1では最速でファイナル進出を決めて長めに休養を取っていたスパーズに対して、最短の休養で迎えたHEAT。どちらが吉と出るかと騒がれていた中で徐々にガス欠を見せたHEATが敗戦。

以降Game5までは交互に勝利するという修正力の高さをお互いに見せつけたシリーズだった。

Game6では試合終盤、既にスパーズの優勝セレモニー準備をしていたスタッフを尻目に新加入のアレンが値千金の同点3Pをヒット。

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OTに持ち込むとそのままHEATが勝利。

続くGame7ではジェームズが37得点でチームを牽引、残り27.9秒時点でジェームズが4点差に広げるジャンプショットを沈め事実上の決勝点に。

エリート組織集団 vs 3KINGSという分かりやすい構図は、憎まれがちなHEATが連覇を達成することとなった。

そして3連覇に臨んだこのシーズン、RSこそ守備の緩みが目立ったものの、POでは僅か3敗でファイナルへ辿り着き、王者たる所以を見せつけた。

3連覇まであと4勝となったファイナルでは前季に続きスパーズと対戦。

リベンジに燃えるスパーズだか、その中に一際大きな闘志を燃やす選手がいた。

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スパーズの期待の新生カワイ・レナードは前年ファイナルで、自身のFTミスがHEATの逆転優勝を誘ってしまっていたのだ。

RSではそこまで大きく成績を上げたわけでは無かったのだが、このファイナルでは大きく成長を見せた。守備が自慢のHEATを相手にしてRSより平均得点を5得点上乗せし、守備面ではNBAのKINGであるジェームズを徹底マーク。

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さらに流動的な美しいパスワークを見せつけ、HEATが得意としていたトラップディフェンスを完全に攻略して見せた。

一方でHEATはウェイドとボッシュが大きく数字を落とし、安定したパフォーマンスを見せていたのはジェームズ1人のみだった。3連覇に臨んだファイナルは結果的に4勝1敗と呆気ないシリーズとなった。

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敗因はスパーズの史上屈指の美しいチームオフェンス以前に、本来のパフォーマンスから遠ざかったHEAT自身にあった。

3KINGS結成以降、的確な補強を施していたHEATだったが、このシーズンだけは獲得した選手がイマイチ上手く機能せず、明らかな戦力ダウンが見られていた。

さらにシーズン終了後には『シーズンを楽しんだ』というジェームズに対して『楽しくなかった』とボッシュ、ウェイドは明かしている。

3連覇に挑むだけのモチベーションの維持はそれだけ難しいのだろう。

なおこのオフシーズンにジェームズは故郷クリーブランドに移籍し、HEATの王朝は終わりを告げた。

 

2018-2019

GOLDEN STATE WARRIORS

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そして今季、HEAT以来となる3連覇を目論むチームが現れた。

史上類を見ないシューターとなったステフィン・カリーを筆頭に、サンダーを去って新たなチームに加わった歴代屈指のスコアラーであるデュラント、WARRIORSの基盤を支える万能戦士グリーン、攻守共に優れファイナルでレブロン・ジェームズを徹底的に抑え込んだイグダーラ、カリーの相棒でありシャープシューターのトンプソンとスーパースターが勢揃い。だが彼らの強さは単なるスター集団だからではない。スター集団ながら確かなチームワークを持ち合わせ、個人成績よりもチームとしての勝利を第一とする利他的な姿勢こそがWARRIORS王朝を築いた最大の理由である。

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彼らの今季の挑戦に際して、準備には一切の抜かりがない。

ある意味ジェームズのレイカーズ移籍より予想外で世間を騒がせたカズンズの獲得は唯一スター不在だったセンターの穴を埋めるには有り余る程であり、あとはカズンズがどれほど怪我前のような復活を遂げられるかが唯一の問題である。

が、仮にカズンズがパフォーマンスを落とそうとも、元々昨季は居なかったにもら関わらず圧倒的強さで連覇を果たしているのだから、そこまで大きな問題では無い。

現時点(11/22)ではデュラントとグリーンの騒動が取り沙汰されており、WARRIORSがこれを放置したままPOを迎えるはずは無いが、内容が内容なだけに3連覇への旅路に少し暗雲が立ち込めてきたことには変わりは無い。

今季1番の見どころといったところだ。

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ここまで全て読んで下さった方なら十分に理解されたとは思うが、3連覇というのは連覇とは比べ物にならないほど、困難な道のりである。

セルティックスの8連覇は少し異常な記録ではあるが時代の関係もあり、ルールやリーグ全体の均衡などが今と比べ不十分と言える(とはいえ今のGSWも理不尽なほどに強いが)。

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3連覇を成し得なかったチームのほとんどが、故障・補強の失敗・中心選手の脱退のいずれかで、『順調にファイナルに辿り着いたが相手が強すぎて』ということはほとんど無い。

それだけ、NBAにおいて3連覇出来る戦力を維持することは難しいのだ。

そして今季のウォリアーズはそれに挑戦する権利を有している。

オールスターを迎える頃には優勝候補も絞られ始めるかもしれないが、今季は有識者も大半がGSWの優勝を予想するほど、彼らの磐石な強さは歴代でも有数だ。

彼らが優勝出来なかったとすれば、王朝を崩した新たな顔触れのチャンピオンが現れNBAに新風が吹き込むことになるが、GSWが優勝すれば3連覇達成という貴重な1ページが刻まれることとなり、今季は今後語り継がれるシーズンとなるだろう。

そんな瞬間を目撃するチャンスを得た我々は、幸運なのかもしれない。