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レブ郎が自由に書くブログです。

3KINGSの"影"

恐らくNBA観戦歴の浅い方でもご存知『3KINGS』と呼ばれ、スモールラインナップとパワーハウス形成の流れをNBAに持ち込んだ3人組。

1年目と最終年こそ優勝は叶わなかったものの毎年ファイナルに出場し続けていた彼らだが、レブロンボッシュ・ウェイドに注目して記事を書いたところでそんな記事は他にいくつもあるだろう。私は私生活も含めて皆と同じような事をするのがあまり好きではない。だが、あの好きだった頃のMIAの記事を書きたい。

そして思いついた。

『あえて3KINGSを除いて書けばいいのでは?』

ということで、今回は3KINGSの4年間の中で影から彼らを支えた選手達を取り上げたいと思います(・ω・)

それでは、Let's go HEAT !!

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1.Mario Chalmers

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恐らく彼ほど3KINGSの影として適正なPGはいなかったのではないか。レブロンにも物怖じすることなく食ってかかれる性格に加え、プレイを組み立てるタイプでないこともレブロンのチームメイトとしては利点だっただろう。初優勝したOKCとのファイナルではレブロンが足を引きずりながらコートを去った際にギアアップし勝利を引き寄せるなど、強心臓でもある。何より彼は『自分はチームで最高の選手だ』という気持ちでいたらしい(レブロンやウェイドがいる中でこの自信はある意味凄い)。また当時INDにいたヒバートの鉄壁を崩すべくレブロンにフローターを伝授したのは彼である。ちなみにルーキーシーズンには34位指名ながら全82試合を先発で出場、平均2.0スティールでリーグ4位だった。

 

2.Joel Anthony

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誰か知らないという方もいるだろう。

しかしあのMIA時代を知る方なら必ず覚えているはずだ。206cmのセンター、僕は後々紹介するバードマンよりもジョエルが好きだった。彼ほど『もう少し身長があれば』と思った選手はいない。とにかくファウルをせずにブロックするのが上手い。一般的なブロックが『叩く』のなら彼のブロックは『触れる』に近い。

https://youtu.be/ffSjS60Hj88

暇な方は是非↑

 

ちなみに彼は大学時代に40分換算で6.77ブロックを記録しカンファレンス最優秀守備選手に選ばれ、とある試合ではシーズン唯一のダブルダブル(しかも13ブロック 11リバウンド)を記録している。

 

3.Chris Andersen

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先ほど彼よりジョエルの方が好きだと罵られる側で紹介した彼だが、これほど覚えやすい選手はいないだろう。数字以上にチームに勢いをもたらす選手の代表格。ホーム戦では3KINGSを除いて彼ほど盛り上げれる選手はいなかったではないだろうか。リバウンドに不安の残るMIAにオファーをもらい、即戦力に。

プレーオフではゴール下で無類のフィニッシュ力を見せ、連覇に大いに貢献した。

 

4.Shane Battier

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実はBattle(バトル)という名前だった彼だが、とある書類に父親が書く際あまりにも字が汚くBattierと読まれて以降名前が変わったらしい。そんなバティエだが、MIAでは最高のロールプレイヤーだった。特に2012-2013ファイナル第7戦では、プレーオフ中を通してスランプ状態だったにも関わらず3Pを6/8で沈め連覇がかかっていた試合で驚異の活躍をした。彼のバスケキャリアは非常に稀でおり、NBAでは最高クラスの守備と史上最高と言われるバスケIQがウリな職人だが、大学時代はネイスミス賞を含むあらゆる個人賞を獲得し、MVPも取っている。NBAでのキャリアもスタッツではルーキーイヤーが最も良いのだが、彼のスタッツが下がっても評価は年々上がっていた。まさに『数字に残らない選手』であった。

 

5.Mike Miller

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MIAではシューターという役割を確実に果たしていたが、元々はオールラウンダーで、新人王も獲得している。MIA時代も地味にアシストやリバウンドをこなしており、ゴール下でのフィニッシュ力もあった。2012年のOKCとのファイナル第5戦では3P 7/8と完全にゾーンに入っていた。

ちなみにその2012年と2013年の2年連続ファイナルで靴が脱げた状態で3Pを決めている。

 

6.Juwan Howard

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90年代のアメリカバスケに詳しい方ならよく知っているであろうハワード。ミシガン大で1年生5人が先発という異例の起用ながら快進撃を見せ"ファブ・ファイブ"(驚異の5人)として名を馳せた1人である。

 MIAのこの4年間では初年度から戦力外ではあったが、ロッカーでのリーダーシップなど試合では見えない貢献が評価され残り続けていた。優勝後2013年からは選手ではなくACとしてMIAに残り続けている。3KINGS時代1年目ではガベッジタイムでの出番が多かったものの、出場するとガベッジタイムとは思えない熱量で相手選手に食ってかかってはテクニカルファウルを吹かれており、彼が激昂してるなかでチームメイトも冷めた顔で止めに行く場面がしばしば見られた。

 

7.Udonis Haslem

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もちろん左側の選手ですよ〜。

長くMIA一筋でチームを影から支え続けるまさにMIAの魂。マイアミ高校 フロリダ大学出身の生粋の地元選手。身長203cmにしてDRの能力が非常に高く、2010-2011シーズンには平均出場時間26分にして平均8.2リバウンドと非常に高い。最も得意なシュートスポットは0度のミドルという変則スポット。献身的なプレイと確かな守備力で貢献し続ける一方、見た目通りの喧嘩っ早い性格で、INDとのPOではウェイドにハードファウルを仕掛けたハンズブローを後々ハードファウル仕返すなど、チームメイトを守るボディガード的な一面もある。

 

8.Norris Cole

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3KINGS結成2年目にドラフト28位で指名される。CHIに指名された後、MINを経由してMIAに加入することとなる。

デビュー2戦目から20点 4リバウンド 4アシストを記録し、チャルマーズから先発の座を奪うのではないかとまで言われていた。2012年のOKCとのファイナル第5戦でも第1QでOKCペースだった中ベンチから出場し、MIAが逆転するきっかけとなるなど、『同年ドラフト屈指の掘り出し物』と称された。3KINGSとも相性が良く、2番手PGとして高水準のパフォーマンスを続けていた。

 

9.Ray Allen

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もはや説明不要の選手。影と紹介するには余りあるキャリアを持ち、当時ライバル関係だったBOSから来た最高の刺客。MIA加入直後の開幕戦の相手がBOSで、KGに挨拶するも無視されたのがまだ記憶に新しい。RSから度々チームを救う3Pを沈め、NBA史に残るSASとのファイナル第6戦の同点弾は恐らくNBAファンなら誰もが知る名シーンだろう。

 

10."A living legend"

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A living legend(生きる伝説)とGM界で呼ばれるPatt Rileyは3KINGSの真の影と言ってもいい。何と言っても彼が3KINGS結成を目論み、ボッシュレブロンに声を掛けた張本人なのだから。彼の詳しいキャリアに関してはまた別に記事で書こうと思っているので割愛(こんな記事の一角では紹介できないほどの伝説を残している)するが、この4年間でも彼の貢献は高い。バードマン、ルイス、コールのいずれもMIA加入前は周りから期待されていたわけではない。バードマンはDENから見放され評価は駄々下がり、ルイスはキャリアも終着点が見え始め衰えが隠せない状態、コールは前評判は高くなく特に注目されてはいなかった。そんな彼らを3KINGSの周りに配置し、見事に補強に成功している。ライリーは非常に選手の潜在能力を見抜く才能があり、2003年ドラフトであらゆるスタッフが他の選手に目を向ける中でウェイドに目を付けたのもライリーなのだ。

 

10-2.Erik spoelstra

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10-2としたことに関しては後ほど(恐らくほとんどの方は何となく分かるはず)。

3KINGSを束ねて統率するという非常に困難な役割を担ったHC。結成当初はチームとしてのスタイルの確立に苦労し、RS中を通して不明確なままPOに突入するなど、HCとしての力量不足を指摘されていた。が、2年目から吹っ切れたようにウェイドとレブロンのドライブを中心としたスタイルに重点を置き、守備ではトラップディフェンスで相手を封じ、3KINGSを見事に優勝に導いた。元々ビデオコーディネーターを長年していたこともあり映像から分析することに非常に長けており、POでは敗戦後の試合のほとんどが問題点を改善した上で勝利している。

では何故10-2と表記したのか。

それはスポールストラがNBAに入った理由が10で紹介したライリーからのビデオコーディネーターのオファーだったからである。

つまり3KINGS時代の基盤である

・スポールストラ育成の始まり

・ウェイドの指名

・3KINGS結成

の全てはライリーの行動である。

恐るべし。

 

もちろん他にも戦力になりきれず外れた選手達もいる。アローヨ、オデン、ビーズリー、ビビー、ハウスなど...