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レブ郎が自由に書くブログです。

8連覇列伝① "Bill Russell"

世界最高峰のバスケ選手が集うNBA

しかし当然ながら優勝出来るのは毎年30チームの中から1チームのみだ。NBAという夢の舞台に辿り着いても、優勝という目的を果たせぬまま去る選手は数え切れない。故に優勝したチームの選手のみが手にする優勝リングは非常に希少なものである。

だがそんな中、11個の優勝リングを所持する桁外れな男がいる。

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Bill Russellだ。リーグ史上最高の選手の1人であり、守備に対する概念を覆した偉大な人物である。

彼が率いたBOSはリーグの中でも特に今後塗り替えることが不可能だと思われる記録の1つ、8連覇を達成している。

今後長期に渡りLeBlogではこの8連覇の裏側とその関係者達の歴史を記載していこうと思う。

 

今回は第1弾として、8連覇の大黒柱"Bill Russell"のキャリアを少し辿ってみよう。

 

1.厳しい環境に生まれた1人の黒人

 1934年、厳しい人種隔離政策が敷かれていたルイジアナ州エストモンローにBill Russellは誕生した。8歳の頃には周りの黒人達と同じく職を求めて一家オークランドに移住するも、生活は改善されぬまま低所得者が集まる住宅に住んでいた。12歳の頃には母親が亡くなり、職を転々としながら家族を支える父親に憧れながら少年時代を過ごした。

 

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↑嘘みたいだが、本当に黒人が虐げられていた

少年時代のRussellはバスケ選手として特に期待されるような活躍はしていなかった。身体能力が高く、手も大きかった為 バスケ選手に向いていたが、バスケに対するIQが低く、中学時代にはチームから追い出されている。

高校生の時にもチームから追い出されそうになったが、コーチのジョージ・パウルスがRussellに可能性を感じ、Russellに基礎を叩き込もうと考えた。

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このパウルスは白人で、差別ばかり受けていたRussellにとっては白人コーチが自分に指導してくれていることを嬉しく思い、熱心に取り組んだ。この時、後にバスケに革命を起こすRussellのディフェンスの基礎を身に付けていくのだが、高校在学中に才能を開花することなく無名選手として卒業を迎えた。

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↑現在のサンフランシスコ大学

 

だが、高校在学中のとある試合で地元のサンフランシスコ大学のハル・デ・ジュリオがRussellを見た際に「得点力不足で酷い」と感じた一方で、クラッチタイムになると素晴らしい働きを見せることを発見し、奨学金の提供を条件に勧誘した。

 

2.無名からの開花

サンフランシスコ大学のコーチ フィル・ウールパートはRussellを先発センターに起用。ウールパートはハーフコートディフェンスに重点を置いた試合展開を好み、これがRussellの眠れる才能を最大限に引き出すきっかけとなる。

また、ウールパートは人種差別の考えを全く持たないコーチであり、後にNBAでRussellとチームメイトとなるKC・ジョーンズともう1人の黒人選手にRussellを加えた3人の黒人選手を先発として起用していた。

そしてウールパートがRussellに指導したディフェンスは当時の常識を覆すものだった。

当時のバスケはセンターが得点源であり、常にマークしておくのが常識だったが、Russellの場合は積極的にヘルプディフェンスに飛び出し、自身のマークマンを度々フリーにしていた。長身で得点源であるセンターをフリーにすることは自殺行為だったが、Russellはセンターとしては類を見ない身体能力で相手のシュートをブロックすることで相手に得点させなかった。自身のマークマンを守りながら、チームメイトのヘルプもこなすRussellの脅威的な守備力はカレッジバスケ界に衝撃を与えることとなった。

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とある試合では、点取り屋でスター選手だったトム・ヘインソーン(後にNBAでRussellとチームメイトとなる)をマークし無得点に抑え込み、某雑誌には「もしRussellがシュートを覚えればルールを変えざるを得ない」と記載されている。

優秀なディフェンダーだったKC・ジョーンズとRussellの2人がいたサンフランシスコ大学は無敵であり1955年から1956年にかけて55連勝を達成し、連覇を果たした。中でもRussellの守備力は全米に衝撃を与え、大学での成績は平均20.7得点 20.3リバウンドを記録した。

ちなみにRussellは大学時代に陸上選手としても活躍しており、走高跳では世界ランキング7位となっている。

そして大学で衝撃を与えたRussellはNBA入りを決意する。

 

3.選手生涯を過ごす街 BOSTONへ

知っての通り、Russellは終始BOSTON CELTICSでキャリアを過ごす。

だが、RussellがエントリーしたこのドラフトではBOSの指名権は1巡目とはいえ低いもので、全米が注目する選手であるRussellを指名するには明らかに遅すぎる指名権だった。

しかしここでレッド・アワーバックという偉大な人物が巧妙な手口によりRussellを見事獲得した...のだが、これに関しては後々書くであろう

LeBlog記事『レッド・アワーバック編』をお楽しみに...笑

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 ↑勝利を確信すると葉巻を吸うことで知られていたアワーバック

 

アワーバックの見事な作戦によりBOSは待望のスター選手を獲得したのだが、開幕戦にRussellの姿は無かった。

メルボルンオリンピックにキャプテンとしてRussellが参加することになったのだ。本来ならNBAと契約している選手がオリンピックに出る事は本来不可能(当時は禁止されていた)なのだが、契約しているとはいえまだNBAでの出場経験も無かった為、無事に許可された。

ちなみにRussellはもし代表チームで納得のいかないような扱いをされることがあれば、走高跳の選手としてオリンピックに出場しようと考えていたらしい。何とも贅沢な選択肢...

大学でチームメイトだったKC・ジョーンズ(ちなみに2巡目指名で彼もBOS加入)も共に出場し、他国との対戦で平均53.5点差をつける圧勝。ラッセルはチームのトップスコアラーとなり、見事金メダルを獲得した。

金メダルを獲得しNBAに戻ってきた彼は1956-1957シーズンの途中で参加。

アワーバックHCはRussellに対戦相手の得点源であるボブ・ペティットをマークするよう命じる。

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だがこのルーキーはデビュー戦にして、リーグ有数のスコアラーだったペティット相手に1on1でのディフェンス力とブロックの技術を見せつけた。

 

4.守備の革命家

実はRussellが加入する前のBOSはPOに出るも優勝には近付けない中堅チームだった。当時のBOSはリーグ1位の得点力を誇っており、得点力に秀でた選手を揃えていた一方で、リーグ最下位の失点を記録しており、攻守のバランスがオフェンスに振り切っていたのだ。

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だがRussellの加入とアワーバックの考案した戦術により革命を起こした。

速攻を最大の武器としていたBOSはその速攻を活かす為に、よりアグレッシブなディフェンスを仕掛けることで、相手のミスを誘った。しかしアグレッシブなディフェンスは当然ながら突破されれば一気に崩れるというデメリットがある。

しかし、ここで後ろに待ち構えるのがヘルプディフェンスを得意とするRussellだった。長身に加えガード並みの身体能力で動き回り、ブロックショットを得意としていた彼は、チームメイトの守備の綻びをサポートし、ミスマッチにダブルチームを仕掛け、シュートを放たれてもブロックし、リバウンドを取っていた。

そして後ろにRussellが構えていることでチームメイトはよりアグレッシブなディフェンスが可能となり、結果的に鉄壁の守備が完成したのだ。

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堅固な守備から繰り出される速攻という一連の流れはRussellを中心にした戦術はBill Russellの名前から『Hey,Bill !』と名付けられた。これはディフェンスの際にRussellに助けを求めるチームメイトがそう呼ぶことから付いたらしい。

1年目にして平均14.7得点 19.6リバウンドを記録し、平均リバウンドでリーグトップだった(当時のリバウンド王は通算本数で決められており、オリンピックの関係で前半を欠場していたRussellは1位では無かった)。

 

だがRussellのキャリア1年目は個人記録に反して、決して満足のいくシーズンではなかった。

NYK戦では、黒人選手として初の新人王になった経験を持つレイ・フェリックスから執拗な挑発を受けていた。これに困ったRussellはアワーバックに相談するも自分で解決するよう言われ、再戦した際に同じく挑発されたRussellは殴って黙らせたのだ。しかし当然許されるはずもなく25ドルの罰金を課せられた。

また、Russellはチームメイトからは友好的だと言われているものの、人によっては「彼は冷酷」と評される部分もあり、友好的かつ閉鎖的な難しい人間でもあった。その1つとして同じルーキーにしてチームメイトのトム・ヘインソーンとは良好な関係を築けなかった。さらに新人王はヘインソーンが選ばれたのだ(Russellの評価はヘインソーンより高かったのだが、オリンピック出場により前半を欠場していた為)。これに不満を持ったRussellは、ヘインソーンが新人王の賞金として受け取った300ドルのうち、半分は自分に受け取る権利があると断言。さらにヘインソーンから「いとこの為にサインを書いてくれないか」と頼まれた際も断るなど、険悪な関係だったという。

しかしその一方で、幼い頃から人種差別を受けていたRussellだが、白人のチームメイトであるボブ・クージーとは仲良くなっていた。

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 ↑ボブ・クージー

 

満足していないRussellに反してBOSは歴代2位となる勝率となり、RSでリーグ首位だった。

ちなみに当時のPOでは第1シードは最初のラウンドは参加しない(いわゆるシード校のような感じ)という方式だった為、ディビジョン決勝からスタート。

シラキュース・ナショナルズとの対戦となり、Russellのマッチアップは後に殿堂入りを果たすドルフ・シェイズだった。

シェイズは当時リーグ有数のビッグマンだったが、RussellはPOデビュー戦にして16点 31リバウンド 7ブロックを記録(ブロックは当時計測されず、公式記録ではない)し圧勝。勢いに乗ったBOSはそのまま3連勝でファイナル進出を決めた。

 

5.黄金時代の幕開け

ファイナルの相手はRussellのデビュー戦で対決した、ボブ・ペティット率いるセントルイス・ホークスだった。

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↑当時のロゴ

 

お互い譲らず第1戦では2点差で敗北するも、第2戦では20点差で勝利、第3戦では再び2点差で敗北など拮抗し続け、3勝3敗で第7戦を迎えることとなる。

この試合ではBOSのもう1人のルーキー、トム・ヘインソーンが37得点を上げチームを牽引していたが、終盤にRussellが勝負強さを見せつける。

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1点ビハインド残り1分、ホークスのスローインの場面。

ホークスはベテラン選手のジャック・コールマンにボールを託し、レイアップを放つ。3Pが無いこの時代において3点ビハインドはかなり追い込まれることとなる。しかしさっきまでベースラインに立っていたはずのRussellが急に現れ見事にブロック。このプレイは『コールマン・プレイ』と呼ばれ、皮肉にもジャック・コールマンの最も有名なプレイとして語り継がれることとなる。

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このブロックを決めたRussellはさらに速攻に走り出し見事逆転シュートを沈める。

この後、ペティットが点を取り返しオーバータイムに突入。2OTまで縺れた末に2点差でBOSが勝利した。Russellはこの試合で19得点 32リバウンドに加えて窮地を救うブロックを記録し、優勝の立役者となったのだった。

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ルーキーにしてチームに改革を起こし、優勝まで導いた彼だが、当時のBOSにはRussellの他に、後にBOSの永久欠番となる選手が5人在籍しており、この優勝を皮切りにBOSの黄金時代が始まった。

 

6.最高の選手へ

翌シーズン、オリンピックへ出場した前季と違い開幕戦から出場したRussellは平均16.6点 22.7リバウンドを記録。

平均20リバウンド超えはリーグ初となり、当然のごとくリバウンド王となった。

さらにオールスター初選出(ここからRussellは引退までの12年間選ばれ続ける)、BOSを2年連続でリーグトップの勝率に導いたRussellは2年目にしてMVPを受賞。しかしここで謎めいた事態が起きる。MVPを取ったRussellがオールNBA1stチームに選ばれず、2ndチームに選出されたのだ。1stチームのセンター枠にはドルフ・シェイズが選ばれている。

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しかしRussellがBOSをリーグトップに導いた事実に変わりはなく、POでもポール・アリジン率いるフィラデルフィア・ウォリアーズを4勝1敗で撃破し見事2年連続NBAファイナル進出を果たす。

ファイナルでは前年と同じくセントルイス・ホークスと対戦。リーグ史上2回目となる連覇が期待されるBOSは1勝1敗で第3戦を迎える。しかしここで予期せぬ事態が起きた。リバウンド争いの中、着地の際にRussellがペティットの足を踏んでしまい重度の捻挫をしてしまったのだ。

 Russell不在を1勝2敗で乗り切ったBOSだがホークスは既に王手を掛けており、優勝するには2連勝する必要があった。そして迎えた第6戦、Russellが足を引きずりながらも復帰。

20分の出場で8点 8リバウンドを記録したRussellだったが、リベンジに燃えるホークスのペティットが歴史的活躍を見せる。

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前半で19点を記録していたペティットに対し後半にはBOSも反撃。しかし第4Qにペティットの得点力が炸裂。ダブルチーム、トリプルチームをされようとも点を取り続けるペティットは当時PO新記録となる50得点。歴史に残る活躍を見せたペティットの前にBOSの連覇の夢は潰えた。

ちなみにこのホークスとは現在のアトランタ・ホークスであり、この年の優勝が球団史上唯一の優勝である。

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7.伝説の8連覇へ

この章を書く前に1つ。

タイトル通り、この後にBOSは後に50年以上破られていない(今後も破られないであろう)伝説の8連覇を果たす。

ここからはそんな8連覇の様子を見ていこう。

 

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迎えた翌シーズン、BOSのRussellはファイナルという大舞台でチームをサポート出来なかった悔しさを胸に復帰し、平均16.7点 23.0リバウンドを記録。

MVP受賞を逃したRussellはオールNBA1stチームに選出。チームも当時最高勝利数更新となる52勝20敗を記録した。POではシラキュース・ナショナルズと対決。勝っては負けるという一進一退の攻防の末に第7戦まで縺れながらも勝利。ファイナル進出を果たしたBOSの相手は3年連続でホークスだと誰もが思っていた。

しかしホークスにとって思わぬ敵がファイナルへの道を阻んだ。"空中戦"をNBAに持ち込んだエルジン・ベイラー率いるミネアポリスレイカーズだった。

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ベイラーは新人王を獲得し、リーグ4位の平均得点とリーグ3位の平均リバウンドに加えてオールスター出場とオールNBA1stチーム選出と、既にリーグトップレベルであることを証明していた。さらに低迷していたレイカーズをほぼ独力でリーグ上位に引っ張り上げ、人々の予想を裏切り、前季王者であるホークスを4勝2敗で破ったのだった。

この年がNBA史上最大のライバル関係であるBOSTON CELTICS vs LOS ANGELES LAKERSの初対決である。

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しかし、この初対決は決して素晴らしいものではなかった。

強力な新人に導かれて突然ファイナルへやってきた勝率5割以下のレイカーズが、当時最高勝利数を記録したファイナル常連のBOSに勝てるはずは無かった。

ベイラーによるワンマンチームに対しBOSはスウィープ勝利。

前季の悔しさを胸に挑んだRussellの王座奪還は簡単に達成されたのだった。

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レイカーズのHCだったジョン・クンドラは「私達はBill(Russell)のいないBOSを恐れない。Billを何処かへやってくれ。そうすれば私達は勝てる」とRussellを讃えた。

そんなRussellの前に最強のライバルが現れるのは翌シーズンのことだった。

 

8."Battle Of Titan"

1959-1960シーズン、前回成し得なかった連覇を狙うBOSは、当時最長記録となる17連勝を含め59勝16敗という前季記録更新を達成。

しかし、リーグを完全に支配していた守護神Russellに対抗する巨人が現れる。

216cmの長身とRussellにも引けを取らない身体能力を兼ね備え、シーズン平均37.6得点 27.0リバウンドという前代未聞のオフェンス力を発揮。

当然ながらの新人王に加えて、得点王とリバウンド王、シーズンMVPの座を獲得。1年目からほぼ全ての個人賞を獲得したその名は Wilt Chamberlain。

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守護神Russellに対し、最強の攻撃力を持つChamberlainという新たな存在は当然リーグ最大のライバル関係として取り沙汰される。

この巨人同士の対決は『The Big Collision(大激突)』『Battle Of Titan(巨人の戦い)』と呼ばれることとなる。

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ちなみに初顔合わせとなった11/7の試合ではRussellが22得点、Chamberlainが30得点をあげ、試合自体はBOSが僅差で勝利している。

そんな2人はPOでも対戦。

ディビジョン決勝で対戦するとChamberlainは第1戦でいきなり42得点と大活躍。リバウンドではChamberlainが29本、Russellが30本と対等に渡り合うも、この試合を制したのはBOSだった。

第2戦ではChamberlainの29点に加えポール・アリジンの30点もありウォリアーズが勝利。

そして1勝3敗という絶体絶命で迎えた第5戦。Chamberlainは空前絶後の50点 35リバウンドを獲得(もう1度言うが、彼は新人)。

この試合に何とか勝利するも最終的には第6戦でRussellが勝利している。

 

脅威の新人を破りファイナルへやってきたBOSの相手は2年ぶりのリベンジマッチとなるホークスだった。チームとしては当時最大のライバルだったホークスとは第7戦まで縺れ込む大接戦。大舞台ほど真価を発揮するRussellは第2戦でファイナル史上最多の40リバウンド、第7戦では22得点 35リバウンドを記録。

最終的にBOSが勝利し、ジョージ・マイカン率いるミネアポリスレイカーズ以来で、リーグ史上2度目の連覇を果たしたのだった。

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9.立ちはだかる新たな壁

1960-1961シーズン、3連覇への挑戦となる。優勝直後のシーズンではモチベーション低下によりRSの成績があまり振るわないことも少なくない。まして連覇後のシーズンでは余計にモチベーション維持は困難だろう。

少しRussellの話を停滞させるが、

直近ではMIAの2連覇達成後のシーズンがリーグ全体で同率5位の勝率で終えている。その前に遡るとシャック&コービーで3連覇を達成した際のLALがリーグ全体で同率2位と、王者とはいえリーグ1位となることは非常に少ない。

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そういう意味では、連覇に望んだシーズンで73勝を達成したGSWは本当に尊敬するべきシーズンを送っていただろう。

いくら強力な選手を揃えようとも、2度も優勝を果たしたメンバーでRSの全試合を同じモチベーションではなかなか挑めないものである。

話を戻そう。

 

そんな3連覇に挑んだRussellはシーズン平均16.9得点 23.9リバウンドを記録し、チームとしては57勝22敗で5年連続リーグトップの成績だった(ちなみにリーグ2位が51勝をあげたホークス)。

POでもドルフ・シェイズ率いるナショナルズを4勝1敗で破り、ファイナル進出。

対戦相手は幾度となくこの舞台で戦ってきたホークスだった。現代のNBAなら同じ対戦相手と戦うということは以前より対策を練られるということになる。3連覇を目指す者と、昨年のリベンジを懸ける者ではモチベーションにも少しは差が出るはずだ。しかし、黄金時代真っ只中のBOSはそんな甘い相手ではなかった。

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最初のホーム2試合を34点差、8点差で敗北したホークスは迎えたホームでの第3戦でペティットが31点 24リバウンドの大活躍もあり勝利。しかし、翌戦ではペティットがFG 60%で40点を取るも15点差で敗北。

そして優勝にリーチをかけた状態でホームに戻ったBOSは、Russellがここぞとばかりに30点 38リバウンドと奮闘し勝利。

NBA史上2度目となる3連覇が4勝1敗であっさり達成された。

 

オフには主力の1人 ビル・シャーマンが引退。サム・ジョーンズが彼に代わりチームを引っ張るようになり、絶大な信頼を得ている大黒柱Russellの元で、スムーズな世代交代が行われた。

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サム・ジョーンズ

 

リーグ史上初となる4連覇という偉業への挑戦権を手に入れたBOSだが、この1961-1962シーズンはリーグを騒がせる前代未聞の事態が起こる。

Russellのライバルとして名を馳せるChamberlainが1試合100得点という記録と、シーズン平均50.4点という予想だにしない活躍ぶりを見せたのだ。

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チームの戦術により才能を全面的に発揮させていたウォリアーズのChamberlainだったが、それでもMVPを受賞したのは前季に続きRussellだった。シーズン平均18.9点 23.6リバウンドとさほど目新しい記録ではなかったが、そんなRussellが受賞出来た大きな理由が、史上初のシーズン60勝到達だった。一方で毎試合50点をあげるChamberlainが率いたウォリアーズは49勝と11勝もの差があり、個人的な活躍とチームとしての飛躍が比例していなかったのだ。

BOSは当然リーグトップとなり、POではナショナルズとのシリーズを勝ち抜いてきたウォリアーズと対戦。

POでのChamberlainとの顔合わせは2度目であった。

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迎えた第1戦、シーズン平均50点のChamberlainを見事33点に抑え、ウォリアーズを89点に抑えたBOSは117点と、28点差で快勝。第2戦ではRussellがFG 4/14の9点 20リバウンドと低調なのに対し、Chamberlainは42点 37リバウンドの活躍。106-113でホームのウォリアーズが勝利した。

以降も勝っては負ける繰り返しが続き、迎えた第7戦。

ちなみにここまでの6試合、驚くことにChamberlainは全試合フル出場である。彼のこのシーズンの平均出場時間は48.5分で、オーバータイムによる計50分を含めシーズンでベンチに下がっていない。1度だけ残り8分時点で2つ目のテクニカルファウルにより退場しているが、退場なので厳密にはベンチに下がっておらず、信じられないことに本当にシーズンを通して試合時間中にベンチに座っていないのだ。

対するRussellもこのファイナルの6試合でベンチに下がったのは2分だけ。

ここからは私の推測だが、この2分は第1戦なので、おそらく勝敗が決していた為に下がったと思われる。

 

そんな2人がフル出場した第7戦、試合はオーバータイムにまで縺れた。同点のまま迎えた中で、シャーマンに代わりチームの得点源となったジョーンズが見事に決勝弾をヒットさせ勝利。

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↑シャーマンに代わる新たな得点源としてBOSを支えたジョーンズ

 

Chamberlainは22点 22リバウンドと、大舞台でシーズン平均の半分の得点に終わりファイナルへの道を閉ざされた。

6年連続ファイナル進出となったBOSの相手は、3年ぶりの対決となったレイカーズだった。前回はエルジン・ベイラーがほぼ独力で勝ち抜いてきたワンマンチームだったが、この年は違った。

リーグ僅か2年目にしてオールNBA1stチームに選ばれたジェリー・ウエストがいたのだ。

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第1戦では14点差で勝利するも、第2戦では逆境に強いウエストに40点をとられ、ホーム戦でまさかの黒星。

ロサンゼルスに舞台を移して迎えた第3戦、今度はベイラーとウエストで75点を取られ連敗。前人未到の4連覇に暗雲が立ち込めた。

1勝2敗でリードされる展開となったBOSだが、アウェイとはいえ流石に3連敗だけは避けたいなかでベイラーに38点を取られながらもなんとか勝利。

2勝2敗のタイで迎えたBOSのホーム戦。ファイナル史に刻まれる記録が生まれた。FG 46本の試投数で22本を沈めた(確率にして47%)ベイラーがファイナル最多記録(未だに破られていない)となる61得点を記録。ハイスコアとなったこのゲームを126-121の5点差で勝利した。大事なホーム戦でまたしても黒星を喫し2勝3敗と追い詰められたBOSだが、第6戦ではサム・ジョーンズが35点とチームを牽引。ウエストとベイラーに68点を許すも他の選手を抑え込み14点差で勝利。

リーグ史上最大のライバルであるレイカーズとの初の"激闘"は第7戦に突入した。

ベイラーとウエストに守備を集中させていたBOSは既にヘインソーン、ロスカトフ、サンダースの主力3選手が退場していた。そんな中 100-100で迎えた4Q終盤。

ベイラーとウエストにマークを集中させるなかで残り5秒のその時、ゴールから僅か2mほどしか離れていない位置でオープンになっていたフランク・セルビィにボールが渡った────

 

ここで少し時を止め、フランク・セルビィという人物の話をしたい。

今 ボールを持っているセルビィは、チームを転々としてきた選手である。しかし、彼は大記録を1つ保持している。

『1試合100得点』

Chamberlainが持つあの記録である。

彼が達成したのはNBAではなく、カレッジでのことだった。カレッジ界で有名だった彼をオールアメリカン選出(いわゆるMVP)させるべく、シーズン終盤戦で大学のコーチがセルビィにボールを集めるよう指示した。セルビィはFGを41/66と高確率で沈め、FT 18/22を含めた100得点を達成したのだ。

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しかも、最後の100点目はハーフラインからのブザービーター。加えて試合中に放ったシュートのうち、少なくとも12本以上が3Pライン(当時は無い為、どこから決めても2点)より後ろだったと言われている。

ドラフトでも1位指名されたが、優勝どころかチームに長く留まることすらままならず、このボールを持った瞬間が最も優勝に近い瞬間だった。

 

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カレッジ時代に100点目のシュートを狙ってハーフラインからブザーと同時に決めた選手が、ゴールから僅か2mの位置でノーマークで優勝を懸けたシュートを放つ。

セルビィは後でこのシュートをこう振り返る。

『自分の全ての得点をあのシュートと交換したい』

セルビィが以降悔やみ続けるこのミスショットによりBOSはオーバータイムに望みを繋いだ。

 

しかし、BOSの劣勢は変わらない。

オーバータイムではフランク・ラムジーまでファウルアウトし、普段出番など無いようなジーン・グアリアがベイラーをマークすることとなる。しかし、こんな時でこそ真価を発揮するのがRussellだった。

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Russellはベイラーのもとに度々ヘルプディフェンスをしながら自身のマークマンも抑え込み、なおかつ30得点と自身が保有するファイナル記録タイの40リバウンドを記録。

相次ぐ主力離脱の中、107-110で見事BOSを勝利に導いた。

NBA史上前にも後にも唯一の4連覇を成し遂げたこのシーズンは、8連覇の中でも、シリーズ2つともが第7戦までもつれ込んだ最も苦しんだ優勝だった。

 

※ここからは上記シーズンほど苦しまないので、少し簡潔に進めます(長すぎるうえ優勝が当たり前になりつつあるので)

 

 

10.止まらぬ王朝

 NBA史上唯一の4連覇を成し遂げたBOSだったが、モチベーションに衰えは無かった。それどころか後に殿堂入りを果たすジョン・ハブリチェックを7位指名で獲得し、層の厚さを増していた。

さらにクライド・ラブレットとウィリー・ナオルスという2人のベテラン獲得も行っていた。ラブレットはジョージ・マイカンの引退直前の優勝時のメンバーであり、ナオルスもオールスター選出経験のあるベテランだった。

BOSは58勝をあげて当然のように7年連続リーグトップとなり、Russellも16.8点 23.6リバウンドで3年連続4回目のMVP受賞。

POではオスカー・ロバートソン率いるシンシナティ・ロイヤルズに苦戦を強いられる。

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↑オスカー・ロバートソン(画像はバックス時代)

 

『Mr.トリプルダブル』の名に恥じぬ活躍を見せるロバートソンを筆頭にBOSに食らいつくロイヤルズは、最終的には敗退したものの、7戦まで縺れこませたうえ、その内2試合がオーバータイムという激戦だった。

ファイナルでは前季に続きレイカーズと対戦するも、盤石なBOSをレイカーズが崩すことは出来ず、4勝2敗で見事5連覇を達成。

オフには黄金時代の司令塔としてチームを支えていたボブ・クージーが引退。Russellと学生時代から苦楽を共にしてきたKC・ジョーンズが代わりに先発へ抜擢される。

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Russellもベテランの域に入り、円熟味が増したこともあってか、24.7リバウンドで5年ぶりにリバウンド王に返り咲き、Chamberlainに4年間奪われていた王座奪還を果たした。

殿堂入り選手であるクージーを失ったBOSだったが、59勝をあげて8年連続となるリーグトップを記録。POでも最初のラウンドでは前季と同じくロイヤルズとの対戦だった。

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↑この一風変わったロゴがロイヤルズ

 

だが、前季のリベンジを掲げるロイヤルズを4勝1敗であっさり粉砕。

当然のように辿り着いたファイナルの相手はウォリアーズだった。この年、以前までの本拠地だったフィラデルフィアからサンフランシスコに移転したことで、ウエスタン・ディビジョンに移っていたのである。

こうして"Battle Of Titan"の第3章がファイナルで幕を開ける。

後に殿堂入りするネイト・サーモンドを加え、Chamberlainとサーモンドの強力なフロント陣を擁したウォリアーズだったが、Russellの圧倒的守備力には敵わなかった。

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↑ネイト・サーモンド

 

第1戦でChamberlainとサーモンドを立て続けにブロックする離れ業を見せると、そのまま勢いに乗ったBOSが4勝1敗で完勝。

このシーズンのChamberlainは1試合40〜70点をあげていることが多かったものの、ファイナルでは唯一勝利した第3戦にあげた35点がシリーズハイで、大舞台でギアを上げることが出来ないというイメージが定着しつつあったChamberlainだが、このファイナルもまさにその通りだった。

こうしてNBAどころかアメリカスポーツ史上初となる6連覇を達成したBOSは、翌シーズンでもリーグトップの勝率をキープ。さらに30歳を迎えたRussellはまたしてもMVPを受賞し、5回目の受賞となった。

POではフィラデルフィア・セブンティシクサーズと対戦。しかし、このチームにはまたしてもあの男がいた。

シーズン中にシクサーズにChamberlainが移籍していたのである。

過去3度POでRussellに負けているChamberlainがまたしても立ちはだかったのだ。

2年連続4度目となる"Battle Of Titan"は熾烈なものとなった。

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1勝1敗で迎えた第3戦では、Russellの堅固な守備により第3QまでChamberlainをFG僅か2本に抑え込む。さらに第5戦でRussellは12点 28リバウンド 7アシスト 10ブロック 6スティールと大活躍。

激闘の末第7戦まで縺れ込むが、ここでChamberlainも負けじと30点 30リバウンド FGは驚異の80%を記録。対するRussellも16点 27リバウンド 8アシストを記録していた。

2人の巨人による激闘が続いたこのシリーズだが、シリーズを決めるのは巨人達ではなかった。しかし、迎えた110-109でBOS1点リードのBOSのスローイン。ここでRussellが痛恨のミスを犯し、シクサーズにポジションが渡る。

しかし、ここでBOSのハブリチェックがシクサーズスローインをスティール。

 

https://youtu.be/J4fTjcJwImw

 

実際の映像がありました

 

 

『ハブリチェックがボールを奪った!試合終了!ジョン・ハブリチェックがボールをスティールしました!(Havlicek stole the ball! It's all over! Johnny Havlicek stole the ball!)』

 

この劇的なハブリチェックのスティールで勝利を収めたBOSはファイナル進出。

4度目となる対決となったベイラー&ウエスト率いるレイカーズ戦だったが、4勝1敗で危なげなく勝利。

7連覇となった。

 

11.終焉の兆し

オフに守備職人のジム・ロスカトフと、Russellと同期のトム・ヘインソーンが引退し、ついにBOSの初優勝から在籍する選手はRussellのみとなった。

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↑トム・ヘインソーン

先発に定着したハブリチェックと、チームトップのスコアラーであるサム・ジョーンズも奮闘したが、54勝でシーズンを終えたBOSは10年ぶりにリーグトップの座から陥落し2位へ。

代わりにリーグトップとなったのはChamberlain率いるシクサーズだった。

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第1シードのチームはPOの第1ラウンドを免除となるのだが、この年のBOSは10年ぶりにディビジョン準決勝からスタートした。

相手はロバートソン率いるロイヤルズだったが、後に殿堂入りを果たすジェリー・ルーカスを加えていた。3戦先勝となるディビジョン準決勝でBOSはまさかの1勝2敗とリーチをかけられる。かし見事巻き返したBOSが2連勝を飾り、シリーズ勝利。

迎えたディビジョン決勝では3年連続の巨人の決闘が始まった。

初めてホームコートアドバンテージを保持した状態でRussellと対決したChamberlainだったが、最初の2戦で25点 23点と振るわず、FGも40%を切っていた。またしても大舞台で本来の力を発揮出来ないChamberlainに批判が相次ぐ中、第3戦ではChamberlainが31点 27リバウンドとチームを牽引し勝利。

しかし第4戦では僅か15点に終わりあっさり敗北。崖っぷちのChamberlainは第5戦ではホームで46点 34リバウンドと奮闘するも8点差で敗戦。

RSの成績でBOSを上回り、MVPも受賞していたChamberlainが今度こそRussellの壁を打ち破るのではと予想されたが、1勝4敗と結果的には『敗者』という周囲の声を黙らせることは出来なかった。

10年連続となったファイナルでは前季に続きレイカーズと対戦。

初戦からオーバータイムに入り、ベイラー&ウエストに77点を取られ、BOSはまさかのホーム初戦敗北。

その試合終了後、BOSは敗北よりも重い事実を知らされる。

試合終了後のコメントで黄金時代を支え続けたアワーバックHCがシーズン終了後に引退することを発表したのだ。

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さらに後任にはRussellを指名したのである。

引退の理由としては、GM(これまではHCとGMを兼任)の仕事に専念する為との事だったが、この発表は同時に、Russellが選手兼監督となるということ、そして何よりアメリカプロスポーツ史上初の黒人HCとなるという事だった。

このタイミングでの発表が意図的だったのかは定かでは無いが、初戦の敗北から見事立ち直ったBOSはここから怒涛の3連勝。

しかし、レイカーズ側もこのBOSとの対戦は5回目で、そう簡単に負けるわけにはいかなかった。

ベイラー&ウエストが再び奮起し2連勝。シリーズは第7戦へ突入した。

Russellは足を骨折したままプレイを強行し25点 32リバウンドと活躍。

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一方でベイラーはまさかの不調に陥りFG 27%で18点に終わる。

2点差で試合を制したBOSの驚愕の8連覇は、アメリカプロスポーツの歴史で未だに破られていない記録であり、ボストン王朝として名を刻んだ。

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突然のアワーバック引退劇によりHCを引き受けたRussellだったが、周囲からは不安の声が多かった。

『黒人にHCが出来るのか』

そんな疑問が寄せられるRussellは『私は黒人であることを理由にHCという職を与えられたのではない。レッド(アワーバック)が私に出来ると考えたから与えられたのだ』と疑問を一掃。

そんなRussellの指揮のもと迎えた翌シーズン、60勝をあげていた。アワーバックがHC兼GMからGMのみに専念したことで、ボルティモア・ブラッツで埋もれていた有能選手のベイリー・ハウエルを獲得。

アワーバックの補強は見事成功し、ハウエルの援護はRussellのオフェンスの負担軽減に大きく貢献した。これにより得点こそ自己最低の13.3点となったが、リバウンドでは21.0本としっかり成績を残していた。HC交代劇の影響を感じさせない"いつも通りの成績"を残したBOSだが、この年BOSよりも遥かに好成績を残したチームがいた。

Chamberlainが在籍するシクサーズだ。

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オフにアレックス・ハナムという後に殿堂入りを果たすHCが、シクサーズに改革を起こしたのだ。これまでのシクサーズのChamberlainに偏ったオフェンスをチーム全体に分散させオフェンス効率を格段に向上させたことにより、アンストッパブルなチームへ変えた。

そんなChamberlainは器用さも持ち合わせており、このシーズンのChamberlainはボールを裁くよう指示されていたことでアシストを量産。シーズン平均7.8アシストと一流ガードのような数字を残している。

そんなChamberlainのプレイスタイルの変化もあり、シクサーズは歴代最高勝利数となる68勝をあげていた。

またしてもトップシードとはならなかったBOSだが、1回戦でウィリス・リード率いるニックスを3勝1敗で下し無事突破。次なる相手はシクサーズだった。

9連覇を目指すBOSにまさかの事態が起こる。

第1戦、Chamberlainはなんと24点 32リバウンド 13アシスト 12ブロックのクアドラプル・ダブルを達成し127-112でBOSが惨敗。ホームで巻き返しを狙うBOSだが第2戦も5点差で敗北。さらに第3戦もChamberlainに41リバウンドを許し11点差で敗北。

崖っぷちのBOSは第4戦でハブリチェックとジョーンズが爆発し2人で63点を稼ぎ何とか勝利。

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 しかしホームに帰ってきたシクサーズはChamberlainが29点 36リバウンド 13アシストとハイレベルなトリプルダブルを達成。

Chamberlainにとっては、6回目の挑戦でようやくRussellの壁を破ったのだった。

そしてRussellにとってはキャリア11年目にして初めてファイナルに辿り着かなかったシーズンであり、8年間続いたBOS独壇場の王座がようやく空いた瞬間だった。

第5戦終了後、シクサーズのロッカールームを訪れたRussellはライバルでありながら親友だってChamberlainの手を取り『Great !』とただ一言で祝福を述べたという。

ちなみこの年、Chamberlainはキャリア初の優勝を果たしている。

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Chamberlainを祝福したRussellはBOS側のロッカールームに戻った。

ロッカールームではハブリチェックとジョーンズが隣同士でシャワーを浴びながら試合について対等に議論していた。

そこに観戦に来ていたRussellの祖父が訪れた。

Russellの祖父はハブリチェックとジョーンズが目に入った瞬間、その場で泣き崩れた。

『何かあったのか?』と尋ねるRussellに祖父はこう答える。

『お前が"黒人と白人が調和する組織のコーチ"であることをどれだけ誇りに思うか』と。

当時のアメリカではシャワールームやトイレが黒人/白人で分けられていることがほとんどだった。同じシャワールームを使うどころか、隣同士でシャワーを浴びながら黒人と白人が同じ立場で議論していることがRussellの祖父には有り得ない光景だったのだ。

 

12.崩れぬ王朝

ついに優勝を逃したBOSだったが、60勝をあげていた彼らが翌シーズンの優勝候補から外れるわけはなかった。

チームの大黒柱として、HCとして王座奪還を狙うRussellはシーズン平均12.5点 18.6リバウンド(平均が20本を下回るのはルーキーイヤー以来)となり、平均出場時間も久々に40分以下となったRussellは33歳という年齢を考慮し、明らかにPOへ照準を当てていた。

BOSも54勝と前季から成績を下げたもののシクサーズに次ぐディビジョン2位をキープした。

そしてPOではピストンズを破り、リベンジマッチとなるシクサーズと対戦。

しかし、ここで予期せぬ大事件が起こる。

1968年 4月4日。

ピンとくる人もいるだろう。

キング牧師の暗殺事件である。

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この事件を受け、両チーム先発10人のうち8人から「試合を辞退したい」との声が挙がったが、試合は続行。

『感情を欠いたような試合』と言われた第1戦はBOSが勝利。しかしここからシクサーズが息を吹き返し怒涛の3連勝。

周囲はBOSのシリーズ敗退を確信していた。これまでの歴史で1勝3敗からの逆転勝利は無かったのだ。

しかし、今度はBOSが息を吹き返す。

ハブリチェックがトリプルダブル級の活躍を果たすことで2連勝。シリーズは第7戦にもつれた。

シクサーズホームで行われたこの第7戦では大舞台を得意とするRussellがギアアップ。

Chamberlainを後半FG成功僅か2本に抑えると、残り34秒の場面で2点リードに広げるフリースローに成功。さらにその後のシクサーズのオフェンスでシュートブロック。ORを取られるものの、運良く外れたシュートをリバウンドし、そのまま速攻を狙うジョーンズへアシスト。4点差に広げ見事勝利した。

BOSが2年ぶりにファイナルの舞台に帰ってきたのだった。

だが、西でファイナル進出を決めていたレイカーズはこれこそ望む展開だった。

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↑ちなみに当時のレイカーズのロゴは色がイマイチだった

 

レイカーズが恐れていたのは62勝をあげていた前季王者のシクサーズだった。BOSはもはや倒せない敵では無いと考えていたのだ。

しかし油断しているベイラー&ウエストに悲劇が襲い掛かる。

レイカーズはBOSから2勝あげることは出来たが、優勝経験豊富なBOSには敵わなかった。

4勝2敗でレイカーズを下し、BOSは見事王座奪還を果たした。

Russell自身はキャリア12人目にして10個目のリング獲得。さらに黒人HCとして初の優勝を果たした。

この年、スポーツ・イラストレイテッドのスポーツマン・オブ・ザ・イヤーを受賞。ファイナルでまたしても敗北したウエストは『もし私がリーグの選手から1人を選ぶなら、私の選択はRussellで無ければならない。Russellは我々を驚かすことを止めようとしない』と賞賛を送った。

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13."Last Battle"

1968-1969シーズン、Russellはついに34歳を迎え、コンディション管理もままならない状態となっていた。以前より6.8kgも増量していたRussellは、ケネディ暗殺事件やベトナム戦争の激化など、不安定な状態のアメリカにも幻滅し、妻との関係も悪化するなど、心身共に疲弊していた。

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あるRSの試合後には激しい身体の痛みを訴え、急性疲労と診断される。

痛みと疲労の中で出場し続けるRussellだが、平均9.9得点 19.3リバウンドとキャリア初の10点未満になり、BOSもRussell加入以降最低の48勝を記録。

前季王者はまさかの第4シードでPOに参加することとなった。

ついに黄金時代の終焉を感じさせるBOSの相手はシクサーズ。前季で激闘の末敗れただけに、シクサーズにとっては絶好のリベンジチャンスだった。

だが、彼らには肝心のあの選手がいなかった。この年のシクサーズにChamberlainの姿は無かったのだ。 

前季終了後にChamberlainがトレード要求し他チームへ移籍していた。要求の理由としては定かではないがオーナーとの間でいざこざがあった為と言われている。

Chamberlainが離脱したシクサーズに対し、BOSはPOという舞台で本来の姿を取り戻していた。

Chamberlain無くしてRussellと対等に張り合えるはずもなく、第4戦こそ一矢報いたものの、BOSが4勝1敗で勝利。

続くニックスとのディビジョン決勝も4勝2敗で制し、ファイナルに到達。

 ファイナルの相手はまたしてもレイカーズだった。

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この年のレイカーズは55勝をあげており、レイカーズにとって初のホームコートアドバンテージを保有した上でBOSに挑む機会となった。

POに入りパフォーマンスこそ上げてきたものの衰えを隠せないRussellに加え、レイカーズ側がホームコートアドバンテージを保有。さらにレイカーズにとってプラス要素はもう1つあった。

オフにシクサーズを去ったChamberlainはレイカーズに加入し、ベイラー&ウエストと共にBIG 3を形成していたのだ。

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こうしてBOS vs LALの構図は同時に"Battle Of Titan"でもあった。

選手兼HCのRussellは、最初の2試合でウエストにダブルチームをしないよう指示。しかしこれが仇となり、第1戦 第2戦で53点 41点と猛攻を食らい2連敗。

エストへのダブルチームを行い、ようやく第3戦に勝利。

迎えた第4戦、残り7秒BOSが1点ビハインドでレイカーズのポゼッションでスタート。しかしベイラーがボールをこぼしてしまい、BOSのスローインでスタート。BOSはRussellが考案したジョーンズに3重のスクリーンを仕掛けてシュートを打たせるセットプレーを展開。

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↑(さっきも使った写真で申し訳ない、昔の選手は良い写真が少なくて...)

 

これをブザーと同時にジョーンズはヒットさせ劇的勝利。シリーズをタイに戻した。

その後レイカーズは第5戦に勝利しリーチをかけるも、BOSも意地を見せ第6戦勝利。

シリーズの決着はレイカーズホームでの第7戦に委ねられた。

 

しかしレイカーズは火に油を注ぐ事態を起こす。

レイカーズ球団オーナーの指示により、レイカーズのホームアリーナはまるで優勝したかのような装飾が施されていたのである。

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↑当時のアリーナ

 

これがBOSの選手達を奮い立たせるハメになってしまい(ちなみに、この優勝前提の装飾にはウエストも腹を立てていたらしい)、第3Q終了時点でBOSが12点差をつけていた。

当時のリーグの基準ではこの点差から逆転は厳しいものだった。だが、それほどレイカーズも甘くは無かった。

第4戦で足を痛めていたウエストだが、逆境に強い彼はここから怒涛の反撃を開始。

残り3分には3点差にまで追いついたが、この逆転を予感させるタイミングでアクシデントが起こる。

リバウンド争いの中でChamberlainが着地時に足を挫いたのだ。ベンチに下がったChamberlainをよそに試合は2点差でBOSが勝利。41点 13リバウンド 12アシストと大活躍のウエストだったが、勝利には至らなかった。

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ちなみにこの年からファイナルMVPという賞が誕生。優勝したのはBOSだが、記念すべき初代ファイナルMVPはウエストだった。現在までの受賞者で、敗北したチームから選ばれたのはウエストのみである。

この日21リバウンドの活躍を見せたRussellは、試合後に取り乱していたウエストに近寄り、ファイナルMVPとなった彼を宥めたという。

Russellにとってこの優勝はキャリア13年目にして11度目の優勝だった。

そしてこれがRussellにとって最後の優勝であり、最後の試合だった。

Russellは引退を発表したのだ。

しかし、優勝と共に去る彼のキャリアは美しい終焉とはならなかった。

 

14.引退と王朝の崩壊

1969年ファイナル第7戦終了後、ある議論が巻き起こった。

ほぼ全ての試合でフル出場していたChamberlainがこの試合では4Qに6分しかプレイしていなかった。足首の捻挫によりベンチに下がったのだから仕方ないように思えるが、Russellは怪我がそれほど重傷には見えなかった。

『仮病だった。彼は逃げ出した』

公の場でRussellはそう言い放った。

NBA史上最大のライバルでありながら、プライベートでは親友だった2人の関係はこれをきっかけに犬猿の仲に。

以降、2人が直接話すことは無くなった。

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また、Russellの引退宣言はあまりにも唐突で、一方的なものだった。

『ボストン市民には何の恩も無い』と優勝凱旋パレードにすら参加せず、BOS関係者とも関係を断ち、ボストンの街は混乱した。

ファンに向けてのコメントを一切発表しなかったRussellだが、スポーツ・イラストレイテッドから1万ドルを受け取ってインタビューに応じると、ボストンの記者やファンは裏切りとすら感じるようになる。

Russellと共に黄金時代を築いたアワーバックすら引退は知らされておらず、これがアワーバックのチーム経営に失敗をもたらした。

アワーバックはドラフトで9位指名でジョジョ・ホワイトという選手を獲得。

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ご存知の方もいる通り、彼は後に殿堂入りを果たす名選手(逆に9位指名で殿堂入り選手を指名するアワーバックも流石)だが、Russellが去るのであれば間違いなくセンターを補強しているはずだった。

Russellの離脱はチームにとって先発センター&HCを失うことを意味し、翌シーズンには34勝という沈み具合でPO進出すら叶わなかった。

だが、Russellは誰にも引退することを伝えていなかったもののBOSの選手達は以前から勘づいており、それがチームを団結させ、優勝出来た要因の1つだとサム・ジョーンズは語っている。

 

BOSで最後の3シーズンはHCも兼任していたRussellは2度の優勝を果たしており、コーチとしてはかなり優秀な成績だった。だが、1973年から指揮したシアトル・スーパーソニックスでは球団史上初のPO出場を実現させたが、それ以降成績は伸びず、POを逃してしまった1977年に解雇。その後指揮したサクラメント・キングスでも成績は振るわず、1シーズンで終えている。

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如何だっただろうか?

選手として非常に稀な成功を収め、個人記録やチーム全体の成績を見れば順風満帆なキャリアだったと思える一方で、数字以外の面を見ると意外と冷酷な一面も見えてくる。

ではもう少し掘り下げてBill Russellという人物を見てみよう。

 

選手としてのRussell

Russellの守備は当時のリーグの概念からかけ離れたものだった。当時のセンターとは得点源である一方、守備力が評価されるセンターなどほとんど存在しなかった。まして1on1の守備で評価されるならともかく、マークすべきセンターをフリーにしてダブルチームを仕掛けるなど、奇策としか言いようが無かった。

長身とガード級の身体能力を兼ね備えていたからこそのスタイルだった。

さらにRussellの守備の評価が高い理由はやはりブロックだろう。

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Russellのブロックは味方へのパスを兼ねていることも少なくなく、ブロックする際に味方のいる方向に意識してボールを叩いていた。元々速攻を得意としていたBOSの選手達にブロックしながらパスが出せれば当然素早い速攻に繋がる。

彼のブロックを『芸術の域だ』と評価する専門家もいるほど、Russellの守備力は高かった。

また、Russellは先述の文章からも読み取れるように、クラッチタイムや重要な一戦で本領発揮出来る勝負強さを兼ね備えていた。Russellが在籍していた間のBOSはシリーズ最終戦に縺れ込むことが11回あったが、この11戦全てで勝利し、シリーズ勝利を果たしている。またこの11試合の平均スタッツは18.0点 29.4リバウンドと、キャリア平均の15.1点 22.5リバウンドから明らかにギアアップしている。

また、PO全体的にもRSと比べてスタッツを伸ばしており、大舞台になればなるほど成績を伸ばせるのであった。

だが、そんな彼だがプレッシャーは人一倍感じていたらしい。試合前に嘔吐することが度々あり、チームメイト達はRussellが吐かないと逆に心配していたほどだと言われている。

なのに何故活躍できるのだろうか...

 

Russellという人物

究極のチームプレイヤーと称されることもあるRussellだが、社交的な人物というわけではなかった。

チームメイトや友人らには社交的な一方で、記者やファンには冷たいことで有名で、サインを求められても応じることは無く、記者に対しても不機嫌な態度を見せることが多かった。

とある専門家から『最も利己的で無愛想で非協力的なスポーツ選手』と批判されたこともある。

また、アスリートとしては重要なのだが、極端な負けず嫌いであり、Chamberlainが1965年にリーグ初の10万ドル契約を結んだ際、すぐにアワーバックのもとに行き10万1ドルの契約を要求している(ちなみにアワーバックは要求に応えた)。

 

だがRussellのこういった一面にはアメリカの時代背景が少なからず関係している。

幼い頃から両親が人種差別的な言動を受けているシーンを見続け、自身もNBAでスターとなって以降も受け続けていた。

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ホテルや飲食店へ入ることを拒否された経験もあり、Russellは人種差別に対して異常に敏感になった。被害妄想とも言えるRussellの異常なまでの差別に対する嫌悪は、ファンからの賞賛の言葉すらも受け止めることが出来なくなっていた。「偽善的な賞賛ではないか」「白人は皆 黒人を避けている」と思い込むようにまでなり、自分を否定し続ける世界に対し、世界に対し恩など感じないという気持ちを抱く。

「ボストンに借りなど無い。子供に微笑んだり親切する必要も無い」と発言したRussellに対し、ボストンファンと記者が激怒。この発言が一部のボストンファンを暴走させ、Russellの家に侵入し荒らすという事件があった。Russellはこの事件すらも『人種差別のフリーマーケット』と称し、ボストン記者に対しても「反黒人主義者」「人種差別主義者」と呼ぶようになり、これに対してある記者は「Russellこそ差別主義者だ」と反論した。

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 メディアやファンから嫌われていたRussellは過去のキャリアからは考えられないような隠遁生活を送っていた。

引退後長年に渡ってボストンの地に降り立つことは無く、1972年にRussellの永久欠番となった時も1975年の殿堂入り式典の際もRussellが姿を見せることは無かった。

Russellがようやくボストンの地に立ったのは1990年代。徐々に和解の方向に向いてきており、Russellは何度かボストンを訪問。1999年には長年使わていたボストン・ガーデンからTDガーデンへ移転する為、再び永久欠番式典を行おうという動きが強まった。

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満員の観客に囲まれ約30年の時を経て新しいホームコートに立ったRussellには長時間に渡るスタンディング・オベーションが送られ、6番のバーナーが新アリーナに掲げられた。

この式典にはBOS伝説の1人 ラリー・バードや、カリーム・アブドゥル・ジャバーらが出席していた。

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そしてこの式典の場にもう1人の偉人がいた。

Wilt Chamberlainである。

 

Chamberlainとの関係

リーグ内では"Battle Of Titan"と呼ばれ、熾烈なライバル関係を築いていたものの、私生活では親友で、感謝祭にRussellがChamberlainのもとを訪れるのが恒例だった。

f:id:LBJ1107ryo:20171202010103j:imageRussell自身は2人がライバル関係とされることを嫌っており、2人でいる時はバスケットの話は一切しなかったという。だが先述の通り、ラストバトルとなった1969年ファイナル第7戦終了後のRussellのコメントをきっかけに関係は一気に崩壊。20年以上経過しRussellが公式に謝罪するまで、2人の関係が修復されることは無かった。

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修復された後は良好関係が続いており、Chamberlainが急死した際2番目に知らされたのがRussellだったらしい。

 

Russellの業績

2009年オールスターの際にある発表があった。

NBAはRussellの11回の優勝という偉業を讃え、Russell自身は1度も受賞しなかったファイナルMVP賞を『Bill Russell NBAファイナルMVP賞』と改名すると発表したのだ。

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もし初期の頃から同賞が存在していたなら、この賞も多数受賞していたことだろう。

 

最後に記録面で特に注目すべきものをいくつかピックアップし、紹介しよう。

 

キャリア平均スタッツ

平均15.1得点

平均22.5リバウンド

(Chamberlainに次ぐ歴代2位)

平均4.3アシスト

平均出場時間 42.3分

(Chamberlainに次ぐ歴代2位)

FG 44.0%  FT 56.1%

 

PO平均スタッツ

平均16.2得点

平均24.9リバウンド(歴代1位)

平均4.7アシスト

平均出場時間 45.4分

(Chamberlainに次ぐ歴代2位)

 

その他

リバウンド王 4回

史上2位となる1試合51リバウンド

(1位はChamberlainの55リバウンド)

1957年のウォリアーズ戦で前半だけで32リバウンド(歴代1位)

ファイナル歴代最多記録となる1試合40リバウンドを2度達成

1959年ファイナルのシリーズ平均29.5リバウンドはファイナル最多記録

シーズンMVP 5回

(1位はジャバーの6回)

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記録を見ただけでも如何にRussellが現実味の無い選手か分かるだろう。

もちろん、当時のNBAショットクロック導入以降試合展開が早まってきており、リーグ全体的なリバウンド本数が増えていたことも、RussellやChamberlainの超人的記録達成の手助けをしていることは間違いない。だがそれを差し引いても余るほど栄光のキャリアを送っている。

だが、Russellを語る上で11度の優勝に匹敵するほど評価すべき事項がもう1つある。

人種差別の考え方が蔓延していたNBAにとって、Russellは初の黒人スター選手であり、他チームが黒人選手を獲得し始めきっかけとなっている。さらにアメリカ4大スポーツ史上初の黒人HCとなり、スポーツ界における黒人達の立場を向上させたのは紛れもなくRussellだった。

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Russellは現代で活躍出来るか?という愚問があったとしよう。

恐らくそれは不可能だ。

身体能力が高いセンターとはいえ、当時と現代では平均身長にも差があり、206cmのRussellが身体能力が高いことなど現代ではそれほど注目されない。

グリフィンやレブロンの方が、遥かに速く・強く・高く動ける。

だが、過去と現在を比べることはスポーツ界(特に進化を続けるバスケットボール)において無意味だろう。

ジョーダンらの時代と現代でさえ、大きな差が生まれる。ヴィンス・カーターやノビツキーやジノビリが今日も活躍しているのは、アスリート達のコンディション管理等が昔と比べ格段に徹底されているからである。Russellが34歳で引退を余儀なくされたのも、そういった点が関係している。

だが、当時のリーグにとって超新星であり、特に守備に関する常識に革命をもたらしたのは事実だ。

彼ら無くして現在のNBAが無いことを私達は理解しておかなければならない。

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さて、そんなこんなで終わったんですが、なんと今24560文字。

通算得点なら歴代26位のユーイング(24815)に迫る数字だ。

 

ここまで読んでくださった方には本当に感謝します。

ありがとうございます。

そして、読破おめでとうございます(・ω・)

 

この8連覇列伝は今後もアワーバック等の他の人物にフォーカスした視点から記事を書こうかと思っていますので、是非。

 

 

ということでまたいつか。byレブ郎

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NBAにまつわる小さな話

こんにちは、LeBlog総合責任者のレブ郎です。

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さて、今回は暇な時間にふと思いつきで書こうと思い、書き始めた記事なので、収集がつかない可能性があります。笑

少しでも明日からのあなたのNBAライフに影響があれば...

※この記事の内容は一部レブ郎の記憶とネット情報のみで掲載している部分があり、最新の状態とは異なる内容の場合もあります。見つけた方はTwitterの方で連絡下さると助かります

 

1.薬物違反(ドーピング)の話

スポーツ選手として共通の規則であるドーピング(薬物使用の禁止)。近年で記憶に新しいのは(僕の中では)H・ターコルー。

ただ、これに引っ掛かった選手のコメントで時折あるのが「自覚は無かった」の類のもの。要するに規則違反の成分が入ってると知らずに摂取していたということだ。もちろん、自覚が無かったからと言って許されることではないのだが、全ての成分を把握しておくのも難しい。

管理不足と言えばそれまでである。

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ところでこの規則違反、何故発覚するのか疑問に思う方もいるのでは?

毎試合の前に検査を行うわけではない、当然自己申告するはずもない、では何故?

 

これは2005-2006シーズン開幕前の労使協定で制定されたもので、シーズン中に4回 全選手を対象に検査を行っているのである。検査のタイミングは当然知らされず、ランダムに行われているのだ。

今でこそ薬物違反を犯す選手は少ないが、バード&マジックの時代が訪れる前にはスター選手の薬物違反が相次いで、リーグ全体のイメージが汚されていた頃もあるので、非常に重要な規則だと言える。

 

2.ちょっと複雑な3秒ルールの話

 世界共通ルール『オフェンス3秒ルール』に加えNBA独自のルール『ディフェンス3秒ルール』。

皆さんご存知のルールだが、実はもう少しルールは複雑なのである。

そこを簡潔に説明しよう。

 

①オフェンス3秒ルール

 

ペイントエリア内に3秒以上留まってはならない。

これだけではルールとしては厳しすぎる。何故かお分かりだろうか?

ルールというのは屁理屈を言われないようにしなければならないのだ。

 

例えばハイポストでパスを受けたプレイヤーがいたとしよう。

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既に片足はペイントエリア内に入っている。ドリブルやステップ、コンタクトを駆使しながら相手のスキを作り出す。

そして、放とうとしたその時 ──

ピーッ !!

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『オフェンス3秒バイオレーション!』

ポストプレイを行えば大抵ペイントエリア内に足を踏み入れることになる。ドリブルやピポットを踏み.....

そしてシュートモーションに入る時、既に3秒に達する可能性は少なくないはずだ。

これまでにNBAで手からボールが離れようとしている場面で3秒ルールが適用されるのを見たことあるだろうか。第3者から見ればそう見える場面はあるかもしれないが、審判はシュートモーション中に3秒経過したと判断することは無い。

何故なら

『選手がシュートモーションに入り、ゴールに向かって連続して動作をしている間はカウントは停止し、動作が止まったらカウントが再開される』というルールがあるのだ。

数字的には、

ペイントエリア内に侵入してから2.9秒の時点でシュートモーションを始めた場合、ゆっくりとステップを踏んでいようがシュートを打とうとしている動作の間は3秒ルールはルール上適用されないのだ。その代わり、レイアップの動作を行った結果、守備に阻まれ打てずにパスコースを探し始めるとその時点ですぐにカウントは再開、3秒ルールが適用されバイオレーションとなる。

また、少し話が変わるが、他にも適用されない時間はあり、オフェンス側のチームがフロントコートでボールをプレイし始めるまではカウントされない。つまりバックコートでドリブルをつきながら7秒かけてフロントコートに運んできたとしても、その間はペイントエリア内に居続けても問題無いのである。

 

②ディフェンス3秒ルール

これも同じくオフェンス側のチームがフロントコートでボールをプレイし始めるまでカウントされない。

また、ペイントエリア内に留まる場合でカウントされないのは、

・相手選手とワンハンドの距離にいる場合

・相手選手がシュートモーションに入っている場合

である。

 

またマークマンがボールを持っている間はペイントエリア内に自分がいても必ずワンハンドの距離にいる必要は無いが、他の選手にパスした場合はすぐにペイントエリアから出るかマークマンに対しワンハンドの距離にならなければならない。

(個人的な話だが、レブ郎がNBAにハマり始めた中学生の頃、何故か中学生の僕はディフェンス3秒ルールを気にして出たり入ったりしていた。そして自分でもおかしいなと思い、NBAを知らないチームメイトに『ディフェンスって3秒ルールあったっけ?』と聞いたところ『なんやそれ』と不思議な顔をされた)

 

③ちなみに。

オフェンスとディフェンスの両方の3秒ルールの適用範囲であるペイントエリアだが、実はもう少しだけ適用範囲がある。それは仮想3秒レーンと呼ばれるエンドラインから1.2m伸びた『見えないペイントエリア』である。

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お分かり頂けるだろうか?

少しエンドラインから飛び出している部分、ここに留まっても同じく3秒ルールが適用されるのである。

バスケ経験者ならピンとくるだろうが、プレイ中3秒を気にしながらなるべくゴール近辺に留まるにはペイントエリア内から1度両足を出してカウントリセットする必要がある。

(シェーン・バティエのようなヘルプディフェンスやテイクチャージの上手い選手はこの方法でゴール近くに長く留まっていることがある)

そしてそのカウントリセットをエンドラインから出る/入るで行えないように設けられたのがこの仮想レーンである。

なので極端な話、エンドライン外の1.2m以内の部分に留まり続けても3秒バイオレーションを吹かれることになるのだ。もちろんNBA選手はそれも知った上でプレイしているので、ここでコールされる選手なんていないだろうが...

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3.トレント・タッカー ルール

バスケは時間がよく止まるスポーツである。数秒どころか0.1秒単位で計測される。このコンマ数秒が勝敗を分けた試合も数多く、時間に関するルールがここまで厳しいスポーツはあまり無いのでは?と思える程である。

そんな時間に関するルールに「トレント・タッカー ルール」と呼ばれるものがある。

 

例えば『残り0.1秒 同点 サイドラインからのスローインでスタート』という場面だったとしよう。皆さんは何を思い浮かべるだろうか?

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1990年、0.1秒単位の時間計測が始まったこのシーズンのCHI@NYKの試合で"事件"が起きた。

 

トレント・タッカーというNYKの選手が右45度の位置でキャッチからすぐに3Pを放ち、見事に成功。

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ここで少し考えてほしい。

『パスを受けて3Pを放つ』という動作を0.1秒で行えるだろうか?

どれだけクイックリリースな選手でも恐らく間に合わない。

そして当時コミッショナーだったD・スターンがこのショットがノーカウントではないかと疑問を持ち、時計メーカーとニックス&ネッツの選手に協力を依頼し、シュートを打つのに『最低限必要な時間』を検証。結果的に0.3秒が必要な時間と定められた。

そして翌シーズンからは『トレント・タッカー ルール』という0.3秒未満のインバウンズではダンクとタップのみカウントされるルールが制定されたのだ。

つまり0.2秒以下で時間が止まれば、選択肢は基本的にアリウープのみとなる。

 

 

どうでしたか?

全部知ってた方にはただ無駄な時間を過ごしただけだと思いますが、知らなかった方には少しでも新たな発見となれば...

 

 

では、また。

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Cavaliers 2017-2018 season

いよいよ新シーズンが開幕しますね。

今年のCLEはかつてないほどワクワクさせられるチームだと思っています。

メンバーがねぇ...

2011年頃のNBAを見ていた方なら分かるでしょう。

PGとしてトップレベルに辿り着き、最年少MVPに輝いたローズ。

SGとして現役最高レベルとされていたウェイド。

SFの枠に収まらずリーグ全体でもトップレベルのレブロン

そんな彼らが同じチームになろうとは。

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今回はそんなCLEの選手1人1人を語っていきたいと思います。

 

#23 LeBron James

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CLEに電撃復帰してからもう3年が経ち、気付けば4年目。

NBA15年目となるベテランなのだが、昨季は32歳にも関わらず平均出場時間でリーグトップ(37.8分)。

8試合を欠場していたとはいえ如何にCLEがレブロンを必要としていたかが分かるスタッツだ。ただ、今季はウェイド、ローズ、トーマス、カルデロンといった起点になれる選手が複数いる為、もう少しは休めそうだ。

昨季はFT%がキャリアワーストの67%を記録してしまっているが、これまでにないほどにスマートなプレイとなっており、必要な動きだけを的確にこなしていた。『バスケを極めたのか?』と思ってしまうほどで、晩年のジョーダンのような雰囲気が出ている。

その為か昨季のスタッツの内、平均リバウンドと平均アシストの2つでキャリアハイを記録している。

MVP候補の1人として注目されている(毎年?)今季だが、レブロンへの負担が軽減されることをレブ郎は願っています...

 

#0 Kevin Love

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CLE加入以降はMIN時代のような存在感を出せていなかったが、実は昨季は良いスタッツを残せている。加入直後の『プレイスタイルが定まっていない感』が無くなり、昨季は自分の仕事を理解している感があった。先発センターとして起用される今季はスモールラインナップが増えるであろうCLEにとって最も重要な選手の1人と言える。リバウンド王となった頃の泥臭さを是非見せてもらいたい。

ただ、ラブがセンターとなることで、チームディフェンスの質の低下が少し懸念される。ゴール下を守れるだろうか...

 

#3 Isaiah Thomas

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今オフで最もビジネスの冷酷さを味わったのはトーマスだろう。緑のユニフォームを纏って昨季対戦したチームのエースとトレードされ、立ちはだかる壁のはずのチームに加入。60位指名されながらも周囲の評価が間違っていることを証明し続けた彼にとって、皮肉なことに今季がキャリアの中で最も優勝が近付いていると言える。昨季はBOSで第1オプションとして第4Qにおいて平均9.8点というハートの強さを見せたが、そんな彼を今季は第2オプション以下として起用できるのだから本当に心強い。

 

#9 Dwyane Wade

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レブロンの大親友であり、03年組の精鋭の1人。

年齢はレブロンより3つ上で35歳ともういよいよ引退時期も迫ってきているが、未だにエースを務められるほどの選手だ。

だが今年はCLEの中では4番手もしくは5番手に数えられる。レブロン、トーマス、ラブ、ウェイドorローズといったところか。近年は欠場することも少なくないが今季CLEのSGは控えにスミス、シャンパート、コーバーがいる為、さほど問題にはならないだろう。レブロンとの連携がMIA時代のようにスムーズに出来れば強力なホットラインとなり得る。

 

#1 Derrick Rose

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1位指名、最年少MVPまでは順調だったが、前十字靭帯断裂を皮切りにキャリアが大きく下降。29歳ながらキャリア晩年期かのようにベテランミニマムで加入。『チャンスが必要だった』と本人も語っており、キレは戻ってきている。

プレシーズンでは十分な活躍を見せており、とてもラブの1/10の年俸の選手とは思えない。キャリア再浮上に向けて非常に重要なシーズンを迎える彼にレブ郎は注目しています。

 

#13 Tristan Thompson

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今季は5年ぶりにベンチスタートとなるが本人は「シックスマン賞を狙う」とモチベーション維持。スモールラインナップ中心のスタイルになれば出番は少なくなるだろうが、ラブの控えにしては頼もしい選手だ。得点パターンはあまり無いものの、ORを奪う強さはリーグ有数で、リバウンドによってチームに勢いをもたらせる貴重な人材なので、限られた時間をしっかり活かして是非シックスマン賞をとってもらいたい。

 

#99 Jae Crowder

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身長198cmとスミスと変わらない高さだが、とにかく執拗なディフェンスが出来るタフガイ。

今季CLEで守備で頼りになる数少ない選手の1人。加えて近年は3Pも精度を高めているのでMIA時代のバティエに似た立ち位置となるだろう。

ちなみに父もバスケ選手で短期間だがUTAとSASに在籍していたことがあるらしい。

実は2年前のBOS在籍時、POでスミスからリバウンドの場面で強烈な肘打ちを食らい、その際に前十字靭帯を損傷している。

 

#5 J.R. Smith

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CLE加入以降、人格が変わったかのように成長し、CLEトレード時の「スミスはシャンパートのおまけ」という評価を自らかき消した。スミスはルーHCへの信頼から改心したようなのでルーはやはりやり手かもしれない。

極端と言えるほど思い切りの良い3Pを放ち、勢いづくと止められない選手だが、さらに守備力も近年向上。ファウルが目立つ時もあるが、チームへ貢献しようとする気持ちが見えるので、昔を知るファンは「更生したんだなぁ」という目で見てしまいがち。

 

#4 Iman Shumpert

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 個性的なヘアスタイルを辞めた今季は何かを決心したのだろうとレブ郎は勝手に期待している。守備力と身体能力においてはCLEトップレベルで、巧みなハンドチェックとダンクで昨季は見せ場を作った。ただ、トレード直後は先発だったシャンパートだが、スミスが守備力を上げてきたことで先発を奪われてしまい、オフにはトレードの噂が流れ続けた。

オフェンスではたまに謎の1on1を始める時があり、中途半端なプルアップジャンパーを打たれるとレブ郎は『あぁ、またか...』と思ってしまう。

 

#26 Kyle Korver

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3P成功率で4度リーグトップになった生粋のシューター。レブロンから絶妙なタイミングでパスを受けて沈め続けていたが、その引き換えとなる守備の弱さは異常。ハーデン同様「守る気は無いの?」と思わず聞きたくなるほどで、彼から『3P』を取り除けばもはや『雰囲気イケメン』以外何も残らない。

 

#32 Jeff Green

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プレシーズンのWAS戦で豪快なポスタライズダンクを見せたように身体能力が高く、206cmながら中々の機動力を持ち合わせている。がSFにしては少し動きが遅く、PFにしては上背不足、その上で守備力は平均以下とフワフワとしたプレイスタイルの選手。スモールラインナップが増えればPF起用が中心となることが予想され、トーマス、ローズ、ウェイド、レブロンあたりに上手く使われればある程度の活躍が見れそうだ。

ただ、身長も身体能力もクロウダーより高いのに、クロウダーと同等もしくはそれ以下のリバウンド力しかない。

 

#81 Jose Calderon

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 アシスト/ターンオーバー比率がとにかく高く、ミスの少なさと確かな活躍を見込める事からレブロンの代わりにチームをまとめる貴重な人材の1人と期待している。ただ、近年は年齢による衰えからかチームを転々としており、今季もトーマス復帰後は出番が少なくなることが予想される。

しかし、オフェンスの堅実さに反して守備は全然堅くない。

 

#8 Channig Frye

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昨ファイナルの時点で出番が激減しており、今季はスモールラインナップによりラブ、トリトンがセンターを務めるのでもはや出番は無いかもしれない。シューターは十分に揃っており、スモールラインナップが増えそうな今季はガベッジタイムが中心となる可能性がある。

 

#16 Cedi Osman

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昨季トルコリーグに在籍していたオスマンだが、見た目に反して22歳。SG/SFながらプレシーズンで見事なポストムーブを見た時には少し驚いた。あまり見ていないのでディフェンスは不明だが、オフェンスはある程度期待できそうだ。ただ、ポジション被りの選手が多く、限られた時間でインパクトを残せるかが残留の鍵となる。

 

#41 Ante Zizic

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211cmの新人センターだが、ウイングスパンは229cmもある。昨年BOSに指名されたが、オスマンと同じく昨季はトルコリーグに在籍していた。

特にこれといったコメントは無い。

 

 

#10 John Holland

 

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とりあえず2WAY契約。

 

 

 

#10 Tyronn Lue

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レブロンが望んでいた待望の『元NBA選手のHC』として1年目から大逆転優勝を果たしたが、昨季はルーの采配に批判が相次ぎ、評価は下降中。

今季は更にタレント揃いとなった分、様々なラインナップを試行する必要があり、シーズンを通して采配に注目されるだろう。

 

"チーム全体"

各ポジションに頼れる選手が揃い、

控え選手を並べても

PG ローズ

SG スミス

SF シャンパート

PF グリーン

C  トンプソン

と結構な選手が揃っている。

ただ先発&控えを見ても守備が良さそうとは思えず、昨季同様に攻撃力で押し切る勝ち方が多いかもしれない。

特にスモールラインナップにした場合のパターンは豊富で、スミスやコーバーのようなシュータータイプと、ウェイドやローズのようなドライブを得意とする選手を混合していけば、ファンは非常に楽しめそうだ。

となるとやはり前述通り、采配に目がいく。

上手く使いこなさなければ宝の持ち腐れとなりかねない。レブロンなら大抵の選手の能力を引き出せるが、レブロンがいない時間帯のパフォーマンス低下をどれだけ防げるかはルーHCの手腕が試される。

 

新顔ばかりで昨季とは全く違うチームと言ってもいいレベルで、シーズンを通してチームとしての完成度を高めていけるだろうが、中途半端にスタイルを定めきれずにPOを迎えてしまってもイーストを制することは出来そうだ。

良い意味で期待を裏切りそうなのがローズで、かつての速さと強さを兼ね備えたドライブからのフィニッシュをシーズンを通して維持出来れば、コスパ最高の選手となるだろう。

 

悪い意味で裏切りそうなのがラブ。

トーマス、ウェイド、ローズらと上手く噛み合わなければまた戸惑いながらのプレイになりかねない。また、センターとしての起用が増えそうなので、昨季よりもう少しヘルプディフェンスなどに慣れなければ、守備の穴となる可能性がある。

 

まぁ色々と予想するのですが、結局何とかなるのがレブロン率いるCLE。

正直なところRSの間は色んなラインナップを試行する様子を見ながら楽しむのみです。

 

CLEファンの皆さん、今年も「約束の地」に辿り着くことを願いましょう(´・∀・`)

 

Let's go CAVS !!

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開幕直前SP!

NBAは2017-2018シーズンの幕が開けようとしている。

昨オフのKDのGSW移籍などスター選手の結集が優勝への必須事項になりつつあるNBA

今オフでもスター選手の移籍が相次いだ。

BOSのヘイワード&アービング加入が1番の注目ポイントだろうが、メロ&ジョージ、トーマス&ウェイド&ローズなど、この他にも覚え切れないほどの移籍があった。

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補強に成功したチーム、将来を見据え第一歩を踏み出したチーム、優勝だけを目標に掲げリベンジに燃えるチーム等、様々な思いを胸に開幕に向けて準備を整える。

今回は開幕直前のNBAをレブ郎の視点から適当に書いていきます。

読んで頂いていた方に少しでも新たなシーズンを多数の視点から見れるように...

 

(どんな記事を書くかTwitterで投票して頂いた方、ありがとうございます)

 

1.レブ郎の注目ポイント

今年はMINが1番の注目ポイントだと思う方は多いと思います。ウィギンスやタウンズといった期待値MAXの若手にバトラーやギブソン、ティーグ、ブルックス、クロフォードといったPO経験のある選手(何故かCHI経験のある選手が多い)を獲得し、非常に楽しみなチームです。

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昨季は全体的な試合運びに難があり、特に3Qで勢いを完全に失い、前半の大量リードを一気に溶かすのが恒例行事。バトラーやギブソンといった守備に定評がある選手と、守備システムに定評のあるティボドーHCがいるので守備力アップも期待です。

ただ、レブ郎が本当に来季1番注目しているのは東西の区別を無くして試合をすることとなったオールスターですね。

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近年イーストの弱体化が激しく、特に今オフではもはやイーストに勝ち目は無くなったといっていい雰囲気だったので非常に嬉しい改善策でした。

一応RS関連の注目ポイントも言っておくと、僕は若手の有望センター達ですね。

ポルジンギス、タウンズ、カズンズ、エンビート、デイビスなど現代の一流センターは時代に沿ってなのかアウトサイドシュートまで身に付けていますね。もはや「ゴール下で仕事」のセンターの時代は終わりつつあるように思います。そんな彼らが「シーズン平均トリプルダブル達成のウェストブルック」のような衝撃を与えてくれることを期待しているんです。ポイントセンターを軸にした新オフェンス体制とか、どこかのチームがやってくれないですかねぇ。センターがトリプルダブルが狙えそうなので(´・∀・`)

 

2.注目の新人

最近、新人の情報を開幕前に仕入れることを怠っているので簡潔に...

ドラフト前から騒がれまくっていたロンゾ・ボールはやはり注目ですよね。

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プレイを見る限りロンドのようなタイプかな?自信からか落ち着いた様子で、バタつかないなという印象です。が、シュートに関しては不安要素アリですね...(それがまたロンドと類似している)

父親が何かと取り上げられていましたが、馬鹿なように見えても炎上を計算に入れているならやり手ですよね。というかそうだと思います。あれらの発言が本当にただの本心で計算無く発していたのならかなりのバカ...

NBAの中でも特に重厚な歴史を持つLALでどれほど期待に応えてくれるのか。楽しみですね。

 

3.予想

①優勝は...

ズバリ!今年もGSWかなと。

先日のGM30人アンケートも27人(28人だったかな?)がGSW優勝と回答。

残りがCLEと回答。

大型補強をしたOKCやHOR、BOSといったチームは脅威ではあるが、やはり最終的にはGSWの連覇が目に浮かぶ

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激戦区であるウエストだがGSWの懸念材料があるとすれば優勝へのモチベーション低下くらい。僕がGSWとの対戦で1番怖いのは「不調になろうとも勝てる程の地力の差」である。

カリー、クレイ、KDの誰か1人が不調になろうとも残り2人がサポートするだろう。ベンチ陣も主力を助太刀できるだけの実力者ばかり。昨ファイナルでシュートがスランプ状態ながら、DFで存在感を示し続けるクレイを見た時「これは勝てない」と悟らされた。スランプ真っ最中の選手がDFであれほどの存在感を示す場面などあまり見覚えがない。RSではモチベーション低下から黒星続きがあるかもしれないが、やはりPOで先に4敗させられるチームが今のNBAにあるとは思えない。

イーストではやはりCLEが可能性が高い。LeBronがいるというだけでイースト制覇するのでは?と思える程にPOでは頼りになる。加えてウェイド、ローズ、トーマスとチームの第1オプションを担った経験のある選手が揃い、昨季よりもLeBron不在の時間のOFが少しはマシになるかもしれない。

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ただ、それでも仮にファイナルでGSW@CLEとなった場合にCLEが勝つには、現ロスターを最大限にHCが使いこなせた場合のみだと思います。

それほど今のGSWは強い、そう思いますね...

 

②MVP予想

GMアンケートではLeBronという意見が1番多かったようですが、昨季よりも出場時間が少なくなる可能性に加え、近年ではRSにおける省エネ感が目立つので(特にDF)、無いかなぁと...

ウェストブルックもジョージ&メロの加入でアシストと得点が昨季に比べ減少する可能性が高い(逆にウェストブルックがジョージ&メロにボールを供給しアシストを伸ばすかもしれないが)。

となると誰か...

昨季と同じような体制で戦うのであればKDが確率高いかなと。

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加入1年目からある程度の成績を残し徐々にフィットしていった昨季と違い、今季は特に環境の変化も無く、重圧からも解放されたので非常に効率よくプレイ出来るかも知れません。

KDの場合は出場時間の管理をそこまで気にする必要も無さそうなので。

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③MIP候補

MIP賞ほど予想出来ない賞レースは無いと思っていますが一応。笑

(これに関しては本当に予想外の選手が成長することがあるので分からない)

僕が選ぶのは今オフにメロが去り、チームの大黒柱となったポルジンギス。

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現役最高身長ながらあらゆるプレイを卒なくこなせるが、今後さらに成長する可能性は高い。特にメロが去ってこれまでよりも背負うモノが大きくなった今、真価が問われる。ただ周囲のサポートに期待できる状況ではなく、加えて成長を促せそうなベテラン選手もいない。

スタッツ自体は伸びるかもしれないが、プレイ自体の質の引き上げはまだ先かもしれない。

 

が、僕がポルジンギスよりも密かに期待を寄せるのはBOSのJ・ブラウン。

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昨季POでCLE相手に所々で確かな活躍を見せており、「まだまだ可能性を秘めているのでは?」と思ったので期待しています。先発になれそうな来季は、昨季から出場時間を増やせることが期待できる上、アービング&ヘイワードと上手く連携を取れれば昨季の低かったスタッツから大幅に伸びるかも...?

 

4.開幕戦のポイント

今年の開幕初日は

BOS@CLEとHOR@GSWの2試合である。

BOS@CLEは両チームとも新戦力が加わり、完成度も実力も未知数。

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 例えこの試合をCLEが大差で勝利しても、BOSが大差で勝利しても、POに突入する頃には別物チームになる可能性があります。

ただ開幕戦にしてイースト2強となりそうなチームの対戦となると、スタートダッシュという意味では間違いなく重要な試合です。

僕の個人的な注目ポイントはレブロン&ウェイドがMIA時代のような華麗な連携を再び見れるのか。シーズン序盤から連携を取り戻してくれれば脅威となれるはず!

 

HOR@GSWの方はやはりCP3を加えたHORがどうなるのか、という点。

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プレシーズンの時点でCP3とハーデンがアシストを量産しているので、GSWと点取り合戦になればエキサイティングなゲームになりそうですね(僕は好まないスタイルですが)。

 

さてここまでレブ郎の意見陳列をひたすらしてきましたが、今回はこのLeBlogの広報部長にも意見を伺っています。

普段のツイートの雰囲気とは裏腹に真面目に回答頂いたので、ここに載せておきたいと思います(・ω・)

 

 

1.注目ポイント

HOR含めリーグ全体の3P攻勢がどれほどになるのか、またその3Pの為のスクリーナーに対する各チームの対処法。

 

2.注目の新人

1人に絞るのは難しいが選ぶとすれば、凄くプレッシャーを感じてるであろうロンゾ・ボールが1年目でどれほど結果を出せるのか。

 

3.予想

①優勝は...

おそらくGSW。だが先述通り、スクリーンへの対処法次第では他チームにも可能性大。

②MVPは...

レナード。HORがカンファレンス2位ならハーデン。

③MIP予想

期待を込めてエンビート(笑)

シーズンを通して怪我さえなければ貰えるはず。

 

4.開幕戦注目ポイント

HOR@GSWはCP3のリーダーシップに注目。

BOS@CLEはBOSのセットプレイに注目です。

 

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とのことでした。

3Pを戦術の中心にするチームが増えている今、DF側も対策を考えなければなりませんね...

新人は今年は豊作感があるので注目選手は複数いるでしょうが、やはり騒がれまくっていたロンゾにどうしても目がいきますね。

MIPに関しては、確かにエンビートはポテンシャル満点です( ¨̮ )

 

広報部長はLeBlogを書き始めた直後から愛読&宣伝をして下さっていたので、今回は少し協力頂きました。笑

 

他の人の意見を集めながら書くのも良いものですね(´・∀・`)

 

さて、今回の記事を踏まえて少しでも多方面からシーズンを見ることができればいいかなと思っています。

GSWやCLE、BOS、HORなどの皆が注目している優勝候補チームのみならず、BKNのような再スタートを切るチームに目を向けるのも楽しみ方の1つです。

優勝が全てだという見方をすると少し寂しいなと...

毎年全チームが優勝を狙っているかというとそうではないので。将来を見据えて育成に力を入れたり、「お、あの選手成長したな」と若手に注目してみたり、「このコーチ、全然選手を活かしてないな」と罵ってみるのも1つの視点です。

 

今年はレブ郎も自身初のリーグパスを購入したので、これまでよりも他チームに目を向けていきます(・ω・)

さらに今年は放送に関連する話で、「WOWOWでは放送が無い?」「楽天が放送を始める?」など視聴という意味でもNBAの見方を変える機会になりそうですね(´・∀・`)

様々な見方で、30チームに目を向けると楽しみ方は倍増ですよ( ¨̮ )

 

開幕直前SP記事、終幕。

 

 

 

 

・・・・・・もう少しだけ最後に。笑

うちの広報部長を紹介しておきます。

バッツさんでした(´・∀・`)

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どこかで聞いた話なのですが、

広報部長も何やら自身のモーメントに面白いことを書かれているとか...

NBAとの馴れ初め

今回はレブ郎とNBAの出会いを少し書いてみます。

恐らくこれまでで最も面白くない記事ですが、気晴らしに。

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フォロワーも増え、それなりに認知して頂けるようになった(と思い込んでいる)レブ郎ですが、NBAを見始めたのは2009-2010シーズンからです。わりと最近です。

何故過去の選手にもわりと詳しいのか。学業よりも勉強したからです(本当に)。笑

動画をただ見まくるとかではなく、本当に勉強していました。

 

では何故、NBAに興味を持ったのか。

バスケというスポーツそのものはもっと前からクラブで関わっていました。が、皆が口を揃えて『NBAはダンクばっかり』『凄すぎて勉強にならない』としか聞かなかったのです。しかしある時、ふとNHK BS1にチャンネルを変えるとなんとバスケットボールが!

当時既にバスケ部に入っていた弟と見ていました。

確か見始めたのは後半から。

"黄色緑色のチーム"

僕にとってはそうにしか見えなかったのです。得点のあたりに目をやると

「THE FINALS Game7」の文字が。

『あれ?決勝?』

この時はGame7が最終戦ということすら知らず、解説の話を聞いていてようやく察知。

今考えればすごく伝統的で、重要な対戦を見ていたんですよね。

ホームチームを応援する方が楽しそうなので黄色チームを応援。

ここからは少し曖昧な記憶の中で書きます。

 

見始めた時点から黄色チームはずっと少し点差を付けられていて、3Qの間ずっとビハインド状態だったものの付かず離れずで10点も開かないが同点にもならないといった感じ。4Qに入っても変わらず、残り6分か5分のあたりでようやく逆転。黄色チームの24番が少し連続で決めてリードすると大盛り上がり。

4Qは全体的に「ポー・ガソル」という面白い名前の選手がリバウンドと得点でチームを牽引していた印象が残っている。最後は3点差からブヤチッチがFTを沈めて勝利を決定的に。

 

黄色チームの優勝。

すると僕はこのシーンを見た瞬間、試合中には1度も感じなかったものを感じた。

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カッコよすぎた。試合ではそれほど活躍していなかった印象なのに(スタッツではゲームハイの得点だったが)。

何か他の選手にはない別格のカッコよさを感じた。

試合の面白さもNBAに興味を持った理由の一つだが、このシーンで一気にNBAに惹かれた。

NBAを本格的に見よう!』

そう思い、人生初購入のバスケ雑誌がこれ

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そして、ページを開く。

 

!!!!!!!

 

レブロン・ジェームズが移籍!?』

 

これが最初の感想。

 

そう、僕はあのファイナル第7戦を見る前からレブロンを知っている。そして既に唯一のお気に入り選手となっていた。

 

少し遡ること6年くらい(あまり覚えていない)

 

我が家に新ゲーム機が来た。

親戚からPSを貰った。

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そしてバスケ部としてバスケ馬鹿になっていた僕は親戚に誕生日プレゼントに『NBA パワーダンカーズ2』を貰った。

 

NBAが世界最高峰リーグということすら知らなかった僕はあるチームのロゴに一目惚れした。

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オリンピックの競技マークかと思うほどシンプルに作られたCleveland Cavaliersのロゴに一目惚れ。

そして頻繁にCLEを使っていた。

ここから何年か経った2008年(何故か何年かだけは覚えている)のある日、夜のニュース番組すぽるとで急にNBAが。

 

「さて、次はNBAです。レブロン・ジェームズが───」と聞こえ見ると、

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もうこの瞬間一気にカッコよさを感じた。「無冠の帝王」と称され、チームを背負って戦うこの選手がカッコよすぎた。そして所属チーム名が表示される。

『Cleveland Cavaliers !?』

あのロゴに一目惚れしたチームに、たった今一目惚れした選手が所属していた。

 

だから僕はレブロンを知っていた。

そしてこの雑誌を買ってレブロンの記事を見ることを少し楽しみにしていた。

『まだ無冠のままCavaliersを引っ張っているのか、もう優勝したのか』

 

以前見たすぽるとではチームを引っ張り続けるNBA界のKINGだと聞いていたので、そんな姿を楽しみにしていた。

が、記事で見たのは3KINGSという3人のエースが集結したチートのようなチーム。ボッシュもウェイドも知らなかったが、とりあえず紹介文を読む感じだと現役屈指の選手らしい。

 しかも同年ドラフトの上位3人とのこと。

雑誌のどこかには「優勝するのがどこか最初から分かっているシーズンは面白くない」的なことを誰かが言ったという記事。

 

『え、そんな感じなの?』

 

移籍までの経緯をその雑誌だけで把握した僕ですら、アンチが多数いるのだと何となく分かるような感じ。

ちなみに、この雑誌で他に印象的だったのが「Wオニール」という記事。

全盛期のような活躍が見れなくても、控えとして豪華という2人。

誰だかよく分からないが名前はジャーメイン・オニールとシャキール・オニール

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僕はギリギリのリアルタイムでシャックを見たのだ。

彼が凄く偉大な選手だと知ったのはもう少し後。

そしてもう一つ。

「スパーズはプレーオフ進出を逃すのか?」という記事。

そしてここに書かれていた言葉を未だに覚えている。

「スパーズがプレーオフに出れないというのは、ナッシュがダンクコンテストに出場するようなものだ」という、とある現地の方のコメント。

つまり、有り得ない。

僕は思った。

『そんな常勝軍団がいるのか』

 

ここから僕は勉強し始める。

当時ネットの環境に乏しい家庭だったので、ダンクシュートをなるべく毎月購入し、全記事を記憶できるぐらい読み返した。現に今でもしょうもない1文すら覚えている。

 

NBAがどういうリーグかすら知らなかった頃のパワーダンカーズ2で一目惚れしたCleveland Cavaliers。

そのCavaliersに所属する、ニュース番組で一目惚れしたLeBron James。

NBAというリーグの凄さを知ったPHX@ORLとDAL@ORL。

偶然見た試合で無知ながら感動させられたKobe Bryant。

僕のNBAとの馴れ初めはこんな奇遇の連続でした。

 

今見覚えのない項目があったでしょう。

 

NBAというリーグの凄さを知ったPHX@ORLとDAL@ORL』

これはすぽるとレブロンを見る前か後かすら覚えてないんですがBSで見たんです、RSの試合を。

 

ナッシュ、ハワード、ターコルー、ノビツキーあたりを見たのを覚えていますが、何が凄いのかと言うと簡単に説明すると2つ。

 

1つはPHX@ORLでのこと。

PHXのガードの誰かが速攻を仕掛けていて、ゴール側にハワード1人が待ち構えていた時のこと。

FTライン付近で構えるハワードを簡単に抜いたガードがレイアップをするとクリーンブロック。

しかし、驚いたのはここから。

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スローで日本語解説と共によく見ると「わざと突破させて後ろからのブロックを狙っていた」とのこと。

『え?NBA選手ってそんなこと出来るの?』という感じでした。

 

2つ目はDAL@ORLでのこと。

試合展開は忘れましたが、ノビツキーのポストフェイダウェイがとにかく印象に残っている。

『止められなさすぎる』

NBA素人だった僕ですらそう感じるほどエグかった。

しかしこれを見事に抑え込む選手が現れた。名前はターコルー。

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シュートモーションに入る直前のターンした瞬間にスティール。

続くポゼッションでもボールすらなかなか持たせない。さらにボールを持ってからのプレッシャーの掛け方が凄かった。

NBAのプレイってレベルがスゴイ』

 

この2試合はNBAに引き込まれるほどではなかったものの、すごく印象的でした。

 

 

最後に。

文中に紹介したパワーダンカーズ2を少し紹介。

96年発売のゲームでこんな感じ。

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綺麗な画像がネットで見つからなかった。

ディスクはこんな感じ(家にあるので、撮った)

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2Kもこんな感じのディスクにしてほしい...

 

 簡単に紹介すると

①国歌斉唱シーンがある

②レーンアップより長いダンクが稀に出来る

③ロッドマンの髪色が毎試合変わる

④ゴール下でダンクする時の滞空時間が異常

⑤ダンクする時の選手の声がデカすぎる

 

 プレイ画面↓

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①これはかなりスゴイでしょ?

2Kでは無いですよね(PS4のは知りませんが)

 

②ほとんど3Pラインあたりから踏み切ってドレクスラーよりも滑空してダンク決めるんです。誰がとかではなく、大抵の選手が。

 

③これは僕はロッドマンどころかNBAすら知らない頃にプレイしていた時はバグだと思ってました。

だって試合する度に緑や赤に変わるんですから。

 

④ダンクする時の浮く時間が固定なんですかね。滑空ダンクもゴール下でのワンハンドダンクもほぼ同じ時間空中にいます。

 

スラムダンクの赤木のように「フン!」って大きな声出します

 

 

是非買ってみて下さい!笑

 

しょうもない記事でしたが、最後まで読んで頂きありがとうございました!

 

チャンネル登録よろしく!

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(そんな機能ありません)

"Mr.Basketball"

皆さんは"Mr.Basketball"と呼ばれる人物をご存知だろうか。

本名はGeorge Mikan。彼は他のスーパースターと違い『今の時代にいれば』という仮定には全くハマらない。ジャバーのスカイフックや、ティム・ハーダウェイのキラークロスオーバーのように固有のスキルを持つわけでもなく、動画を見てもそれほど歴史的な選手とは思えないだろう。

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そんな彼が何故"Mr.Basketball"と呼ばれるのか...

それは現代の全ての選手の始祖だからである。

現代のルールを元に彼のプレイを見ると大したことは無いはずだ。

何故なら、彼を抑える為に作られたルールが複数存在するのだから。

当時まだ1つのスポーツとして成熟していなかったバスケットボールという競技の進化に貢献した人物である。

マイカンはバスケットボールの世界に『ビッグマンでも活躍できる』という概念を持ち込んだのだ。当時はビッグマン=鈍重という概念があり、そんな中で彼は『2mの俊敏なビッグマン』として衝撃をもたらした。つまり彼の登場はビッグマンの活躍の場を見出すのみならず、ガードが2m超えでも通用するという『巨人のスポーツ』という概念を持ち込んだのだ。

バスケットボール初代殿堂入りで、NBAオールタイムチームの全てに選出されたNBA史上最も偉大なビッグマン。

そんな彼のキャリアを今日は少し勉強...

 

※マイカンに関しての逸話はあまりにも多いので、今回は生い立ち等は少し簡略化しています。

ご了承下さい(・ω・)

 

1.苦渋の選択

1924年、後にバスケットボールの歴史を変える1人の少年が誕生した。祖母にピアノを教え込まれながらもガレージの壁にあるリングでバスケをしていた彼は13歳になる頃には既に180cmを越え、同級生達からはバカにされる日々を送っていた。そんな彼自身も長身を気にするあまり、少しでも低く見せるよう猫背にしていた。しかしそんな猫背も虚しく伸び続け、高校に入ると彼の身長はついに203cmに。

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重度の近視により眼鏡をかけてバスケを続けていた彼に対し、当時のバスケのコーチは「眼鏡を掛けていながらバスケットはできない」と言い放つ。これによりバスケを諦めて聖職者になることを考えたマイカンは神学校に転校、しかし卒業間際にして、バスケを諦め切ることは出来なかった。

家族に聖職者を諦めることを伝えず、密かに別のコーチの下で指導を受け、バスケの為に進学することを選択した。

ちなみにマイカンはこの後もずっと家族にバスケの夢を追っていることを告げないままで、家族が真実を知ることになったのは、新聞でバスケ選手として息子が活躍しているという記事を父親が目にした時だったという。

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※イメージ

 

2.唯一無二の選手へ

『内気で不器用な長身選手』当時のマイカンはこれに当てはまっていた。

しかし彼が進学したデポール大学で出会うレイ・マイヤーという23歳の新米コーチがマイカンを変え、そしてバスケの常識を変えたのだ。

マイカンに可能性を感じたマイヤーはコーチとしてのキャリア1年目をマイカンに捧げ、マイカンを他に類を見ない能力を持つ選手へと変化させた。同時にこの過程でマイカンはコンプレックスであった長身を徐々に誇りに思うようになっていく。そして内気だった彼が、自信溢れる攻撃的な選手へとなるのであった。

このマイカンの進化の過程において、現代でも語り継がれる有名な練習法が『マイカン・ドリル』である。ご存知の方も多いだろうが、簡単に説明するとゴール下で左右交互に打ち続けるものである。これを6週間朝から晩まで猛特訓したマイカンは左右両方の手からフックシュートを放つことが可能になった。

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↑現在でも世界各国で行われている有名な練習法

 

そしてこれまでの「長身選手は鈍重」というバスケの概念を打ち破らせる為、マイカンの潜在的な俊敏性を引き出すべくマイヤーが課した練習は意外なものが多かった。週末にはダンスホールに通わせて一番背の低い女性とペアを組ませ、ボクシングやバレエも習わせた。

新米コーチによる型破りなこの特訓の数々がマイカンに類を見ないフットワークを身に付けさせ、異色の選手へと進化させたのである。

 

3.衝撃的なデビュー

そして1942年の秋、ついにマイカンが大学での公式戦デビューを果たす。

マイカンは10得点を記録したが、マイカンが周囲に衝撃を与えたのはオフェンス面ではなくディフェンス面だった。

彼は相手がシュートを放とうとするタイミングに対し的確にジャンプし、リングをくぐろうとするボールをブロックしたのだ(当時ゴールテンディングは存在しなかった為、落ち始めたボールのブロックも可能だった)。

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この当時にゴールテンディングが無かったのはそんな高い位置のボールに触れることが出来る選手がいなかったからである。圧倒的な守備力を持つマイカンを擁したデポール大学は残りの4人にゾーンさせ、マイカンはひたすらゴール下でブロックする役割を担った。

翌シーズンにはオフェンス力も開花させたマイカンはオールアメリカンや最優秀選手に選出される。当時24秒バイオレーションや3秒バイオレーションが存在しなかった為、マイカンはじっくり時間を使いながら体を駆使して徐々にリングに近付き、シュートを放つという独特のスタイルだった。

マイカンの他にもう1人、213cmの長身でバスケ界を騒がせていた選手がいたこともあり、翌年にはついにゴールテンディングが設けられた。

 

4.無敵の存在へ

しかしもはやこのルールで弱体化するようなマイカンではなかった。平均23.9点をあげて全米得点ランキングで1位となると、あるトーナメントではマイカンはチーム全体の97点のうち53得点をあげた。さらに驚くのはこの試合で相手チームの総得点が53点、つまりマイカン1人で相手チーム全員分と同じ点を稼いだのだ。

結局マイカンはこのトーナメント中、平均40得点、3試合で計120点など桁外れな成績でトーナメントMVPに輝いた。

その翌年にも平均23.1得点で3年連続の得点王を達成、優勝こそ叶わなかったが全米に名を広めることとなった。

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5.プロの世界へ

1946年、マイカンは大学を卒業。

第二次世界大戦が集結した頃であり、アメリカ国内には戦地から帰った兵士達らを取り込むべくあらゆるスポーツリーグが創設される。バスケも例外でなく、NBAの前身となるBAAがこの年に誕生。BAA以外にも色々なリーグが存在していたが、マイカンのような全米に名の知れたスター選手は極めて貴重な存在だった。

マイカンはNBL(ナショナル・バスケットボール・リーグ)のシカゴ・アメリカン・ギアズというチームと契約する。ギアズと結んだ5年6万ドルという契約は当時のスポーツ選手史上最高額だった。f:id:LBJ1107ryo:20170901171706j:image

↑(シャツの画像しか無かった...)

するとマイカンは各リーグの上位チームなどを集めたトーナメントの5試合で計100得点を記録しトーナメントMVP、さらにシーズン平均16.1得点はNBLで1位、ギアズは優勝を果たすなど1年目から輝かしいキャリアを送った。

するとギアズのオーナーだったモーリス・ホワイトはマイカンに特別な可能性を感じギアズをNBLから脱退させる。そしてPBLA(プロフェッショナル・バスケットボール・リーグ・オブ・アメリカ)というNBLとは別の24チームからなるリーグを創設。24チームの全てのホームアリーナの所有権はギアズ所有という大胆なものだった。

 

しかし、そんなシステムが上手くいくはずもなくシーズン開幕前にPBLAは解体。ホワイトはNBLに再加入を提案したがNBLに拒否されてしまいギアズは解散を余儀なくされる。

同時にFAとなったマイカンはアメリカ中に存在するあらゆるバスケットチームから獲得を狙われるがNBLに残留。前季でリーグ最下位だったデトロイト・ジェムズというチームにドラフトによって加入することとなった。そのジェムズは創設1年でミネアポリスに移転すると共に改名。

マイカンが残りのキャリアを捧げることになるミネアポリスレイカーズが誕生した瞬間だった。

 

6.レイカーズ王朝

マイカンにとってミネアポリスは大学時代に訪れたことのある土地であり、良い印象を持っていない土地の1つだった。

とにかく寒い土地だからである。

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シベリアにドラフトされた』

レイカーズにドラフトで獲得されたことを知り、そんな冗談を言ったマイカンを何とかチームに留めようとレイカーズは必死の補強を行う。

しかし乗り気では無かったマイカンは弁護士を連れてレイカーズの代表者と交渉するも、3時間の議論の末、納得がいかず空港へ向かう。しかし既に帰りの最終便は飛び立った後であり、ミネアポリスに残らざるを得なかった。その後、翌朝まで粘ったレイカーズに渋々応じることとなった。

こうしてマイカンと何とか契約を果たしたレイカーズだったが、強力な補強を果たしていたこともありシーズンでは他を圧倒。シーズン得点王のマイカン率いるレイカーズはリーグ首位の座につき、POでも8勝2敗という成績で優勝を果たした。

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この頃、BAA(現在のNBA)によるリーグ統合の計画が進み、大都市に本拠地を置くNBLの4チームを吸収することとなったが、その1つがレイカーズだった。

こうして、マイカンのNBA(BAA)でのキャリアがレイカーズと共にスタートしたのだった。

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NBLでは超一流選手だったマイカンはBAAでもその能力の高さを証明する。

平均28.3得点で得点王に輝き、オールBAA1stチームに選出。POでは1stラウンドでシカゴ・スタッグスと対戦するも全勝(ちなみにこのスタッグスにはマイカンの実弟 エド・マイカンが所属していた)。

次のラウンドではNBL時代からライバル関係にあったロチェスター・ロイヤルズと対戦するもこれも全勝。

ファイナルでは伝説のHC レッド・アワーバックが指揮を執るキャピタルズとの対戦だったが第1戦で42点、第3戦で35点を記録したマイカンの活躍もあり3連勝。しかしこの第3戦で敵選手との衝突によりマイカンの手首が大きく腫れ上がる事態に。ギプスでガチガチに固めた状態で第4戦に出場したマイカンは27点を記録するも敗北。続く第5戦でも22点の成績が実らず連敗を喫する。しかし第6戦でキャピタルズをシリーズ最少の56点に抑えるとマイカンはゲームハイの29点を取り見事勝利。PO平均30.3点のマイカン率いるレイカーズNBLとBAAの2つのリーグを跨いで連覇を達成したのだった。

そしてこのオフの1949年、NBLはついに消滅。

NBLから新たに6チームを吸収したBAAは現在まで続くNBAというリーグ名称に改名する。

 

一方レイカーズはこの年のドラフトで獲得したスレーター・マーティンとヴァーン・ミッケルセンという2人の選手に加えて、NBL時代から所属していたジム・ポラードとマイカンの4人はレイカーズ王朝の中心選手となった。ちなみにマイカンを含め上記4人は全員殿堂入りを果たしている。

 

7.NBA元祖スーパースター

迎えたNBA最初のシーズン、マイカンは平均27.4点で得点王とオールNBA1stチームに選出。ライバルのロイヤルズと同率だったもののタイブレークを獲得し、レギュラーシーズンを1位通過。

続くPOではファイナルまで無敗で到達。ファイナルではマイカンに並ぶ殿堂入り選手のドルフ・シェイズを擁するシラキュース・ナショナルズとの対戦だったが、第1戦では37点を記録したマイカンに加えレイカーズのボブ・ハリソンが12m離れた位置(現在NBAの3Pラインの距離が7.2m)から逆転ブザービーターを沈めるという劇的な勝利を果たす。

続く第2戦では敗北するも、シリーズ平均32.2点のマイカンの活躍により4勝2敗でNBL・BAA・NBAと3年連続異なるリーグで優勝という偉業を達成。マイカンはファイナルの6試合全てでゲームハイの得点を達成していた(優勝を決めた第6戦では40点)。

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↑ドルフ・シェイズ

 

黄金時代の幕開けとなったレイカーズに対してNBAは早くも経営難に陥り所属チームが17から11に減少。そんな影を他所にマイカンは3年連続得点王を達成。加えてこの年からスタッツとして記録が始まったリバウンドではシェイズに次ぐリーグ2位の好記録。さらにシーズン中に投票された「半世紀における最も偉大なバスケットボール選手」でマイカンが選ばれることとなる。

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しかしそんなマイカンはシーズン半ばにして足を骨折。回復することなくPOに突入してしまうこととなってしまう。

ディビジョンファイナルで敗退してしまいNBAでの3連覇の夢が消え去ったレイカーズだが、足を引きずりながらもインサイドを支配しPO平均24.0点を記録したマイカンはもはや抑えようのない選手となっていた。

しかし翌シーズン、マイカンにデビュー以来最大の"敵"が現れることになる。

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8."マイカン・ルール"

1951-1952シーズン、 NBAはゴール下の制限区域を6フィートから12フィートに拡大する。この区域拡大を特に主張し続けていたのは当時NYKのHCだったジョー・ラブチックだった。マイカンは奇遇にもゴールから12フィート程度離れた位置でのプレイを得意としており、この区域拡大によってプレイしづらくなるのは明らかだった。さらに奇遇なことにラブチックはマイカンをかなり敵対視していたという。

そう、これは明らかにマイカンを狙ったルール改正だった。当時制限区域の2倍の距離で自由自在に点を取るマイカンをルールで抑えようとしたのである。

そしてこのルール改正は『マイカン・ルール』と呼ばれ、餌食となったマイカンはBAA加入以来最低の平均得点(といっても23.8点だが)を記録し、FG%も前季の42.8%から38.5%に落としていた。これによりキャリア4年目で初めて得点王を逃すが、平均リバウンドは13.5でリーグトップとなった。(リーグトップだがリバウンド王ではなかった。というのもこの時はシーズン通算の本数で決まるので、欠場数が多いほど不利なのである)

また、2OTに突入したロイヤルズとの試合で当時歴代2位となる61得点を記録。『マイカン・ルール』によって苦境に立たされるかと思われたレイカーズだったが、ルール改正という最大の試練を乗り越えたマイカンのおかげでファイナルに無事到達。

この年のファイナルの相手はNBA史上初の黒人選手であるナサニエル・クリフトン擁するNYKだった。

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このシリーズは第7戦まで縺れるが、他の予定などでほとんどの試合でホームアリーナが使用出来なかったという非常に珍しいシリーズとなった。そして皮肉にも、リーグ全体を巻き込むルール改正という手段でマイカンに対抗したNYKだが、マイカン率いるレイカーズに敗北する結果となった。

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9.史上初の3連覇へ

翌年、平均14.1リバウンドだったマイカンはシーズン通算で1007リバウンドを記録、リーグ史上初のシーズン通算1000リバウンドを達成という偉業と共にキャリア初のリバウンド王となった。その一方で平均得点はさらに下降し20.6点(それでもリーグ2位)となった。前季の制限区域拡大に加えて、このシーズンはマイカンへの対策として良いポジションでボールを持たれた場合はすぐにファウルをしていたからである。これに対抗すべくマイカンはアウトサイドシュートの習得に励むのだが、これが思わぬ落とし穴だった。

リーグ1位だったレイカーズは順当にファイナル進出、前年でも対戦しているNYKとのカードとなったが、いきなり初戦を落としてしまいホームコートアドバンテージを失う。第2戦ではなんとか勝利を収めたものの、レイカーズは明らかにギリギリの状態だった。

そんなレイカーズのHC クンドラはマイカンが本来のプレイを発揮していないと判断し大学時代のマイカンの恩師 マイヤーに声を掛ける。ベンチから試合を眺めていたマイヤーは不慣れなジャンプシュートを繰り返すマイカンに対しハーフタイム中に激怒。大学時代に磨き上げたフックシュートを打つよう指示する。

すると後半、マイカンは普段のプレイを取り戻し支配力を発揮。

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以降3試合連続でNYKのホームゲームだったが本来の姿に戻ったマイカンの前にNYKはなす術なくホーム戦3連敗。

レイカーズは見事連覇を果たしたのだった。

翌シーズン、マイカンはリバウンドでは14.3リバウンドと実力を発揮していたが、慢性的な膝の痛みが影響し、ついにキャリア初の平均得点で20点割れ(18.1点)となる。レイカーズは9位指名でセンターのクライド・ラブレット(後に殿堂入り)を獲得し、マイカンの補佐を務めた。ラブレットの助けもありレイカーズは2年連続リーグ首位。POでも順風満帆だったレイカーズはファイナルに進出。ナショナルズとのファイナルでは初戦を制したレイカーズをきっかけに、交互に勝利。お互いに連敗することなく 最後まで縺れ、第7戦でレイカーズが7点差で勝利し、史上初の3連覇を達成する。

6年間を通してレイカーズは5回優勝、6年間で唯一レイカーズを阻止したのはロイヤルズだが、マイカンを抑え込んだのはむしろロイヤルズの選手ではなくマイカン自身の足の骨折だった。

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10."ショットクロック"

翌年、NBAにバスケットそのものを大きく変えるルールが制定される。ショットクロック(24秒ルール)が導入されたのである。このきっかけは遡ること1950年、レイカーズと対戦したピストンズがマイカンへの対抗策として超ローペースゲームを行った試合でのことである。レイカーズに攻撃権が移る回数を限りなく減らすべくピストンズはボールを保持し続けた。ボールポゼッションの移り変わりを減らすことでマイカンのリバウンドも減らすことができ、1Q12分×4Qの48分をプレイして18-19という驚愕のロースコアでピストンズ勝利

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※FTW= フォート・ウェイン・ピストンズ

MNL=ミネアポリスレイカーズ

 

しかし、試合の大半がボール保持となるこのスタイルが観客にウケるはずもなく、観客からは避難が殺到。しかしそれでもマイカンへの対策としては非常に有効であったため、リーグ全体にこの戦術が浸透してしまい、各オーナー達は危機感を感じていた。

つまり導入こそ4年後だったものの、最初のきっかけは「無敵過ぎたマイカン」だったのである。ちなみにこのロースコアゲームでもレイカーズの18点の内15点がマイカン、チーム全体のFG%は83.3%を記録し、今後も破られないであろう記録となっている。

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11.限界

ショットクロック導入により試合のペースが大幅に早まることで自分にとって厳しいと考えたマイカンはトレーニングキャンプ3日前に引退を決断。『家族のそばに居たい。バスケット以外の分野に進む時が来た』と会見で話していたが、引退のもう1つの大きな理由は故障である。マイカンの足は計10箇所に骨折、縫合箇所は16箇所に及んでおり、早いペースでのゲームとなる新たなシーズンをこなせる体ではなかった。

マイカンを失ったレイカーズは低迷。ラブレットがチームを牽引するもPOで無念の敗退。

1955-1956シーズンには希望の光を求めたレイカーズがマイカンに復帰を志願。チームの期待に応えマイカンは復帰を果たす。1年以上リーグから離れていたマイカンだが、37試合に出場して平均10.5点 8.3リバウンドを記録するもチームは負け越した。POでは新たなリーグの顔 ボブ・ペティット率いるホークスに敗れ、シーズン終了後にマイカンは改めて引退を表明。

NBL、BAA、NBAの3つを合わせての通算11764得点は当時歴代最高記録だった。

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12.第2のキャリア

引退後すぐにマイカンは議員選挙に出馬、大統領からも支援されるが惜しくも落選。

現役時代からオフシーズンを利用して大学に通っていたおかげで法学の学位を取得していたマイカンは法律専門家を目指すも挫折。半年ほど定職に就けず、かつての球団の英雄は経済難に直面した。

1958年、レイカーズGMとHCを兼任していたクンビラがマイカンにHCの座に就くよう声を掛ける。

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しかしマイカンが指揮したレイカーズは勝率23%と低迷、球団史上最低の記録を更新してしまう。この結果を受け解雇されたマイカンはもう一度法律専門家の道を目指し、不動産関連の法律業に就きようやく成功を収める。

 

 

13.ABAコミッショナーとその後

1967年、安定した生活を取り戻したマイカンにバスケットボールに再び関わる機会が訪れる。この年にNBAのライバルリーグとして誕生したABAの初代コミッショナーとして声を掛けられたのだ。このABAに関しては以前記事に書いているので、マイカンに関する点のみここに記述しよう。

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ABA自体はわずか9年で幕を閉じることとなったのだが、マイカンがNBAも含めたバスケ業界にもたらした功績は大きく分けて2つある。その1つが3Pシュートである。NBAに対抗すべくエンターテイメント性を求めたABAがマイカン考案のもと始めたもので、NBAにも後に取り入れられることとなった。そしてもう1つがABAの象徴とも言える赤・白・青の3色を使ったボールである。

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カラーテレビが普及し始めたことで見栄えが良いとの声があったが、マイカン曰く星条旗をモチーフにすることで「愛国的」であることが理由だったという。

1969年、2年務めたコミッショナーを辞任し法律業に再び専念。

マイカンは法律に関する知識を活かしてNBA選手の権利擁護運動を始める。

そしてこの後、マイカンはまたしても大きな功績を残す。

少し戻って1960年、ミネアポリスレイカーズは現在と同じロサンゼルスに移転。

以降のミネソタ州ミネアポリスにはABAのチームが2つ存在していたが、いずれも1年で解体。ミネソタ州に拠点を置くチームは長らく存在しなかった。

そんな状況にマイカンを中心とした団体が、経営難により売却を検討するチームらにミネアポリス移転を促すも失敗。一方、ミネアポリスの実業家達もプロバスケチーム誕生を計画し始めたのである。そしてマイカンを中心とした団体と実業家達が協力し、1988年にミネソタ・ティンバーウルブズが結成された。

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 そしてマイカンに最期の時が近づく。

 

14.最期の戦い

腎疾患と糖尿病を抱えていたマイカンはやむを得ず右足を切断。人工透析も行っていたマイカンだが、医療保険はカットされてしまう。そんなマイカンは1965年(この年からNBA選手の年棒が爆発的に跳ね上がった)以前の選手達に支給される年金の低さ(月に1700ドル)を指摘し、法廷で争っていた。週に3回の人工透析を行いつつ法廷で戦い続けるも、糖尿病の合併症により容態が悪化。

2005年6月、創成後のバスケットボールに多大な影響を与えた偉人は80年の人生に幕を下ろした。

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銅像が設立された際の写真

多くの人々に悼まれたマイカンの死は、晩年マイカンが戦い続けていた法廷にも注目を集めるきっかけとなる。解説者や専門家達は『今 大金を受け取っている現役の選手達は1965年以前の選手達の所得を保障する為に結集するべきだ』と主張。当時のスター選手の1人シャキール・オニールは『マイカンがいなければ私はいなかったはずだ』とあらゆる選手達の祖先であるマイカンの功績を讃えるコメントと共に、マイカンの葬儀費用を自分が支払うと申し出た。

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その年のプレーオフ、シャックが所属するMIAとDETの試合前にはマイカンの死を悼むべく1分間の黙祷が捧げられている。

 

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。お疲れ様です。

そして、読破おめでとうございます。笑

ここまでに書いたマイカンの功績を覚えていますか?

もはや多過ぎて1人の選手とは思えないほどでしたね(・ω・)

勿体無いくらいですが、ザッともう一度羅列してみましょう。

 

①前代未聞、「動けるセンター」というスター選手になる

②ビッグマン優勢の時代を作り出す

③大学時代、リングをくぐる直前のシュートをことごとくブロックし過ぎてゴールデンディング制定

④マイカンがゴール近辺を支配し過ぎて制限区域拡大(マイカン・ルール)

⑤マイカンを抑える為に考案されたロースコア戦術を阻止すべくショットクロック導入

⑥運営側の立場として、バスケをより面白くするべく3Pライン導入

⑦現在も3Pコンテストのマネーボールとして使用される3色ボールをABAで採用

ミネソタ・ティンバーウルブズ結成の中心人物になる

⑨大学時代に行っていた練習法が『マイカン・ドリル』として現在でも世界中で行われている

 

少し面白おかしく適当に書きましたが、選手としても運営側としてもルールを変えまくったマイカンはもはや創世神です。

当時まだスポーツとして成熟していなかったバスケットボールを次のレベルへ引き上げたのは間違いなくマイカンである。

リーグも当時唯一のスーパースターだったマイカンをリーグ拡大に大いに利用しており、1949年のNYKでの試合ではマディソン・スクエア・ガーデン

【 G.Mikan vs KNICKS 

という看板が掲げられ、マイカンのチームメイトは「俺達は出場しなくていいんじゃないか」とボイコットしようとすることさえあった。

そんな唯一のスーパースターをメディアが放っておくはずもなく、アウェイの試合の時にはマイカンはチームメイトより1日早く現地入りし、インタビューをこなすほどだった。

 

はい、1万字突破です。笑

生活の空いた時間を使っていたこともあって、半月以上かけて書きました。

 

ですが、もう少し。

最後に蛇足を。

先述の通りマイカンの弟のエド・マイカンもNBA入りしており、加えて息子のラリー・マイカンも1年ではあるもののCLEに所属していたんです。

まさにバスケ一家

そして本当の最後に。

見た目通り、オフコートでは穏やかな巨人だったが、オンコートではセンターということもあり激しいプレイスタイルで、当時のリーグで最もファウルが多い選手だった。プレーオフ中でも6ファウルを犯している試合は少なくない。

 

きっとマイカンほどルール改正の被害を受けた選手はいないだろう。それでもなお支配力を誇示し続けた彼は、真のスーパースターである。

そしてレブ郎として、1人のバスケットファンとして、マイカンに一言伝えたい。

 

ビッグマンの時代をありがとう。

僕が愛するユーイング、ジャバー、オラジュワン、シャックら全てのセンター達の祖先である貴方がいたからこそ、バスケットボールが世界中に広がったのかもしれない。   by レブ郎

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本当の最後に。

豪華な画像を1枚載せて、無理矢理幕引きさせて頂きます。

ありがとうございました。

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コーヒー片手に是非。

今回はほんのちょこっとの気軽に読めるような、何でもないような話を少しずつ摘んで集めた記事です。

あなたが左手に持つそのコーヒーを飲み終える頃には記事も読み終えているはず(・ω・)/☕

 

① Kevin Durant

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近年急激にアンチを増やした彼は07年ドラフトにて2位指名。1位はあのオデンで、03年以来の豊作と言われたこの07年。NIKEは2位のデュラントに対して7年6000万ドルという巨額で契約。新人としてはレブロンに次ぐ歴代2位の高額契約だった(歴代1位のレブロンは7年9000万ドル)。

 

2.John Stockton

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史上最高のPGを語る上で欠かせない人物の1人だが、学生時代は意外にも無名選手だった。現在 八村 塁が在籍するゴンザガ大出身の彼は4年生の時に平均20.9点 7.2アシストを記録。一部の人からは実力を認められていたこともあり、オリンピックの代表選考会に呼ばれるも落選。その後のドラフトでは『自分が呼ばれるわけがない』とドラフトの様子をTV中継で見ていたという。しかし自宅で過ごすストックトンが16位でUTAから指名され本人はかなり驚いたという。

ちなみに、堅実なプレイと落ち着いた容姿からスポーツ選手の鑑のように思われがちだが、実はかなりのダーティープレイヤーであのロッドマンが『リーグで最も汚いガード』と言っているほどである。

 

3.Clyde Drexler

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『クライド・ザ・グライド』と呼ばれたNBA史上屈指のダンカー。『50人の偉大な選手』にも選ばれている彼だがキャリアの大半を過ごしたPORで1度も優勝していない。そんな彼がキャリアで唯一優勝したのがHORでオラジュワンと手を組んだ1995年。この事からキャリア末期に強豪に移籍して優勝することを『ドレクスラー・シンドローム』と呼ぶことがある。

 

4.Jason Kidd

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現在MILでHCを務める彼は歴代屈指の司令塔であり、人気も高く全てのプレイを卒なくこなしトリプルダブルを達成していたことから『Mr.トリプルダブル』と呼ばれていた。

3P成功数では歴代8位を記録しており、守備でもオールディフェンシブに選ばれているが、実はNBA入り直後はジャンプシュートが苦手でルビオのような存在だった。この事から彼の愛称は『ason Kidd』となった。ジャンプシュートの『J』が無いという意味である。

 

5.Jamal Crawford

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今オフにMINへの移籍を選択した彼は6thマンとして起爆剤の役割を果たすスコアラーである。キャリア平均は15.3点で決して高くはないが、これは不安定故の平均点で、爆発力に関しては現在でも相手にとって脅威である。しかし移籍が多く、現在のMINでついに7チーム目となる。また、彼の持つNBA記録は少し特殊で、4ポイントプレイ(つまり3Pを沈めつつファウルを貰う)の成功数で歴代1位、さらに様々なチームで50点以上を記録してきたことから「在籍した3チームで50点を記録」した唯一の選手となっている。チームのエースではなく、爆発力を秘めた6thマンのスコアラーだからこその記録である。

 

以上、ちょっとした豆知識でした。

明日からのお仕事に是非役立てばと思っています(・ω・)

 

 

 

 

⚠️あの伝説の選手『George Mikan』の記事が作成中との極秘情報がESPNのwojより報告されている。

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